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三浦氏ゆかりの衣笠を歩く-満願寺(2017.05.12)

腹切松公園から満願寺まで、結構距離がありましたが、どうにか迷うことなく満願寺へ。
首尾上々です。

満願寺は三浦大介義明公の末子である義連公(佐原十郎義連)が開基となって創建した臨済宗建長寺派の禅寺。
お寺の入口にこんな石標を見つけました。
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こちらにご廟所があるんですね。

では、まずはこちら、ご本堂になります。
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そして、満願寺は三浦不動尊霊場の札所で、お不動さまなんですが、保管庫とか。
そう、横須賀・芦名にあった浄楽寺の運慶仏さま達と同様、こちらの仏さま達も、運慶仏と見なされて、今は保管庫に安置されているんです。運慶仏のファンの方々には有名なお寺だそうで…。これは初めて知りました。あらあら。

保管庫拝観前に、開基・佐原十郎義連公のこと、ご紹介しておきますね。
十郎義連は三浦大介義明公の十男末子です。1184年(寿永3年)19歳の時、平家追討の戦・一ノ谷の合戦(義経のひよどり越えで有名ですよね)で、この崖を真っ先に駆け下りて活躍した武将なんです。
え~と、こちらが源平合戦図屏風で、
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一ノ谷の合戦、「鵯越」の場面です。先頭をいくのが佐原義連かと。

その義連公の廟所ですが、石段を上った観音堂の横にありました。
(かつては、観音堂に観音菩薩さま、地蔵菩薩さまがお祀りされていたそうです)
観音堂の画像、忘れました~。<(_ _)>
墓所がこちら。
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凝灰岩の五輪塔です。こちらも大変立派なもの。
*この後ろ・脇の山肌ですが、地滑りとかがあったんでしょうか。広範囲にわたって、崩れてしまっていて、コンクリートで補強中でした。

それでは、お待たせしました。保管庫の仏さま達を拝観させていただきます。
保管庫は本堂前を通って、左側。
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制作は運慶工房と考えられる満願寺の仏さま達です。
地蔵菩薩立像 国指定重要文化財 像高203.7cm
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量感豊かなお姿。張りのある頬。お衣の襞のくっきりした彫りなど、運慶の仏さま達に共通しているそうです。
観音菩薩立像 国指定重要文化財 像高224.2cm 檜材、寄木造
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高く結い上げた髻など浄楽寺の観音さまに似てらっしゃいます。あちらは金泥だったけど、お顔の感じとか、やっぱり似通っているように思います。

それとね、両脇に毘沙門天さまと不動明王さまがいらっしゃるのですが、伊豆・韮山の願成就院も芦名の浄楽寺も、そして、ここ満願寺も、偶然にこの2体は共通しています。どうしてなのかしら??この2体は市指定重要文化財ということですが…。
そうそう、今年の秋、国立博物館で開催されるという運慶仏展。確か、運慶の仏さま31体のうち、真作は17体で合計22体出展されると聞いています。この満願寺からも、地蔵・観音両方のほとけ様がお出ましになられるそうです。

三浦一族ゆかりの衣笠。曹源寺、大善寺を含む衣笠城址、満昌寺の三浦大介義明公坐像、近殿神社、薬王寺旧跡、清雲寺の毘沙門天立像、そして、最後の満願寺と、お初がズラリ。楽しみました。
鎌倉幕府草創に大きく関わった三浦一族、往時の面影を偲んだ一日でした。
by b_neige | 2017-05-15 20:50 | 横須賀歩き | Comments(2)

三浦氏ゆかりの衣笠を歩く-清雲寺(2017.05.12)

さて、三浦氏ゆかりの衣笠ですが、史跡めぐりもそろそろ終盤です。
滝見観音さまがいらっしゃる清雲寺へ。
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こちらも、昨年訪れています。
Cf : 横須賀・大矢部 清雲寺-三浦三代の墓(2016.08.21)
Cf : 横須賀・大矢部 清雲寺-滝見観音拝観(2016.08.21)
ただし、昨年訪れた時には、修理中でいらっしゃらなかった毘沙門天さまがおいでになりました!
清雲寺「木造毘沙門天立像」(ネットからお借りしました)
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和田合戦の際、和田義盛の為に敵の矢を受け止めた伝説の仏像。「矢請の毘沙門天」と呼ばれています。

**お堂をお護りしているおばあちゃまですが、ご健在でしたよ。本当に主人の母によく似てらして...。
どうぞ、お身体お大切にされて、お元気で。

さて、清雲寺の後は、腹切松公園経由、いよいよこの日最後のお寺になります。満願寺(お初)へ。
もう少し、お付き合いを。(^^ゞ

by b_neige | 2017-05-14 16:34 | 横須賀歩き | Comments(0)

三浦一族ゆかりの衣笠を歩くー満昌寺・近殿神社・薬王寺旧跡(2017.05.12)

衣笠城址のあとは、昨年も訪れた満昌寺。
cf : 横須賀・大矢部 満昌寺-三浦大介義明公廟所(2016.08.21)

ただし、昨年は拝観がかなわなかった三浦大介義明公の坐像を拝観しました。
こちら、案内板で失礼します。
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眼は伏目です。意外と大きくて驚きました。(等身大?)

また、33年に1度の三浦薬師如来霊場札所ということでご本堂に昇堂してお参りもしました。
おきれいなお薬師さま、立派なご本尊さま(宝冠釈迦如来像)、拝ませていただきました。

前回はお堂に上がってないので、わかりませんでしたが、お堂の中には、磨崖仏のレプリカもありました!

さて、その後は、近殿(ちかた)神社へ。(お社は昭和51年に改築造営されています)
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ご祭神は三浦義村公。三浦一族の六代目の頭領。
義村公をお祀りする神社は、他に横須賀市鴨居の「近戸(ちかど)神社」や大津町の「千片(ちかた)神社」があるそうで、いずれも「チカ」なんとか。面白いです。

そして、社殿右脇に安置されていた8つの石宮。
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2列(後方)に並んでいます。ちゃんと8つ、ありました。
元々、この大矢部にあった神社だそうです。(山頂神社、貴船神社、熊野社、皇大神社、金比羅神社、八雲神社、浅間神社、近殿神社の境内社)

こちらは、近殿神社手前にあった、かつての「浅間神社」の幟(のぼり)旗の礎石だそうです。
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登り口の左右にあったものが、左側は失われたとありました。

更に先へ進みますが、近殿神社からほど近い場所でした。薬王寺旧跡。
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和田義盛公が父・義宗公、叔父・義澄公の菩提を弔う為建立したお寺(1212年建暦2)ですが、明治9年頃廃寺となっています。(ご本尊の薬師如来像は先ほど訪れた満昌寺に移されました)
この旧跡の奥に、三浦義澄公の墓所があるんです。
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凝灰岩を三段に重ねた五輪塔になります。
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大きくて威厳があるものでした。
そして、山門は、「駒繋ぎ石」の辺りにあったそうで、写真なんですが、肝心のその石が欠けています。
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申し訳ありませんぬ。<(_ _)>
by b_neige | 2017-05-14 07:11 | 横須賀歩き | Comments(0)

三浦一族ゆかりの衣笠を歩くー大善寺と衣笠城址(2017.05.12)

728年(天平元年)、諸国を行脚していた行基が、金峯蔵王権現と、自ら彫刻した不動明王を祀り、その別当として建てられたのが大善寺であると伝わります。
その折、おはらいをする水に困った行基が、杖で岩を打つと、清水が湧き出たそうで、その場所が急坂を上った場所にある、こちらの井戸。
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多分落ち葉や鳥などが入らないようにということでネットで保護されていますが、中はこの通り。
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この泉は長く、この上にある衣笠城の重要な生活用水だったそうです。「不動尊御手洗池」、通称、「不動井戸」と呼ばれるようです。

この先の大善寺を訪れました。
現在のご本尊は、行基が作ったと伝わる不動尊像で、三浦為継公(第2代)が後三年の役に出陣したとき、戦場に現われて、敵の射かける矢を打ち払い為継公を守ったとされることから、「矢取不動」と呼ばれています。

12年に1度の三浦不動尊霊場の御開帳でやはり善の綱が出ていました。角塔婆もありました。昇堂してお参り。
写真、取り損ないました。(>_<)
ネットからお借りした画像ですが、5/28までは、不動尊御開帳で善の綱、角塔婆あり。
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お堂の中ですが、小泉又次郎氏(博学及衆)と純也氏(不動心)と純一郎氏(無信不立)の、三代にわたる墨書の額が掛けられていました。
木造阿弥陀如来三尊像、愛染明王、もちろん不動明王さま、立派でした。

さて、お堂を出て、お堂の脇から山道を登り衣笠城址へ。
1063年(康平6年)、前9年の役の戦功により、平太夫為通は、三浦の地を与えられたことから、三浦の姓を名乗り(三浦為通-初代三浦氏)、この大善寺後ろの山全域を城としました。 →→ 衣笠城(三浦氏が北条氏との宝治合戦で敗北するまでの約184年の間、三浦氏の本城となります)
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こちらが物見岩で、
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その付近にたつ衣笠城址の碑。
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衣笠合戦は1180年(治承4年)
平家打倒の源頼朝公に賛同して挙兵した三浦一族に、平家方の大軍が攻めてきます。
追手口には江戸重長・河越重頼・金子家忠など2000余騎。搦手(からめて=裏手)から畠山重忠1000余騎。
対して、三浦方は400余騎。かなり不利ですよね。
三浦大介義明公(三浦氏3代目)は、「今、この老いた命を頼朝に捧げて、子孫の繁栄をはからん」と、義澄以下一族を久里浜から安房に逃がし、一人城に残ります。
義明公、どんな思いで、この城から敗走したのでしょう。(腹切松公園まで、ここから少し距離があります)
cf :

by b_neige | 2017-05-13 20:32 | 横須賀歩き | Comments(0)

三浦一族ゆかりの衣笠を歩くー曹源寺(2017.05.12)

JR衣笠駅下車。三浦一族ゆかりの衣笠を歩きました。
最初に訪れたお寺は曹洞宗の東光山曹源寺です。
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昔は、宗元、または宗源の文字を使っていたそうです。行基によって開かれたお寺、つまり奈良時代後期から平安時代初期に建てられたという古刹。寺域は1町四方(109m2)。(すごい規模)
金堂・三重塔・僧坊・薬師堂(現在の本堂)などの存在が確認されていることから、法隆寺、または法起寺様式の大きなお寺であったと考えられるそうです。

鎌倉とのかかわりは、「1192年(建久3年)、源頼朝公が夫人・北条政子の実朝出産に際し、このお寺を含めた15の寺社に神馬を奉納して、お経を詠ませた」と寺略縁起にあったのですが、15というのが???。何故って、このところ躍起に勉強した神武寺の縁起には27の寺社となってるんですよ。何回かに分けて執り行われたのでしょうかね。要チェック!!
吾妻鏡には、1192年(建久3年)8月9日、その安産祈願の執行を務めたのが地頭・三浦義澄(よしずみ)とあります。
*三浦義澄(みうら よしずみ) 1127~1200
三浦大介義明公の次男。(兄・杉本義宗が早くに没したため、三浦氏の五代目)
平治の乱(1159)では源義朝に従って上洛、平重盛を追い回した十七騎の一人「三浦荒次郎」として平家物語に登場します。衣笠城合戦では、落城を悟り、海路安房に向かい頼朝と合流して平家追討で数々の戦功を上げました。

吾妻鏡には、また、1177~9年(治承年中)、頼朝公が怨敵退治の修法に、宗元寺(=曹源寺)の僧侶を招き、護摩法要を為し国家泰平・武運長久を祈ったとあります。
三浦一族を通じて、源氏との繋がりも深かったんですね。

お寺はその後、室町時代になって世の中が乱れると、群盗の乱入により焼失。その際、火災にあった金銅造薬師如来像が、現在のご本尊である薬師さまの腹中に安置されているそうです。→→ 「眼病を治す三浦薬師」
(現在のご本尊は、徳川の代官・長谷川長綱により、寺が再建されたと伝わるので、その折に造られたものとされています)
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4月28日から三浦薬師如来霊場が33年ぶりに御開帳なので、内陣にお祀りされているお薬師さまから善の綱が出ています。白い綱です。ただ、回向柱=角塔婆は建てられていませんでした。
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昇堂してお参りしました。(暗くて、今一つお顔はよくわからず…)
ただ、内陣の左右に祀られていた十二神将が素晴らしかったです。お寺の案内板にありましたので、貼っておきます。
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伝運慶ですよ!
by b_neige | 2017-05-13 07:02 | 横須賀歩き | Comments(0)

横須賀・秋谷 立石公園→円乗院へ(2017.01.21)

立石公園に到着!
では、素晴らしい絶景をお楽しみ下さい。
まずはかながわの景勝50選「秋谷の立石」=「立石&真ん中に富士山&松」をどうぞ。
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この時ね、富士山の上の雲が動かず…。しばらく待ってみたんですよ。でもダメ~。(>_<)
ほんと残念でした。
こちらは立石の説明板。
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立派な岩です。言うことありません。
画像に見えている突き出た松のところへ移動しますね。
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散策路の脇にあった泉鏡花の文学碑になります。
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若命家長屋門のところでご紹介した泉鏡花の作品「草迷宮」の一に出てくる一文が記されています。
〈大崩壊(おおくずれ)の巌(いわお)の膚(はだ)は、春は紫に、夏は緑、秋紅(くれない)に、冬は黄に、藤を編み、蔦(つた)を絡(まと)い、鼓子花(ひるがお)も咲き、竜胆(りんどう)も咲き、尾花が靡(なび)けば月も射(さ)す〉泉鏡花
長者ヶ崎の辺りの描写、美文に酔いしれるばかり。
(鎌倉じゃ、泉鏡花は材木座の妙長寺にエピソードが残ります)

ここから、その長者ヶ崎方面を望んで。
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江ノ島も見えています。背後の山並みは丹沢。

そして富士山(真ん中)。
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ほんと残念でした。
海に向かって咲く水仙。
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しばし景観を楽しんだ後は、円乗院へ。
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海上山 円乗院 三浦不動尊-第22番札所・三浦地蔵尊-第21番札所 真言宗のお寺
ここもお不動さまが祀られています。ということは、立石不動院同様、今年12年に一度の御開帳というわけ。楽しみですね。個人的に、不動明王さま、好みなんです。

また、このお寺は、へちま加持で有名。
*へちま加持とは?
へちまに災いや願い事を託して海に流すもの。真言密教の秘法。円乗院で約90年続いている。
毎年中秋の名月の日に行われ、引き潮の時間に合わせ、久留和海岸から流されます。
「譲渡証をつけたへちま」、おもしろい行事ですよね。(どうしてへちまなのか知りたいです)

境内には弘法大師の石碑やら、
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閻魔堂やらありました。
石碑の後ろに見えているのが閻魔堂。
閻魔堂の横のヒメユズリハ(姫譲葉)。
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ユズリハよりは全体的に小型。新しい葉が出てくると、古い葉が落ちて交代します。だから譲る葉→ユズリハ。お正月の飾りにも使われます。

境内には、真言宗のお寺ですから、お大師さまの銅像ももちろんありました。
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ただね、そのへちまを流すという海岸、久留和海岸、チェックし忘れました!(>_<) <(_ _)>

立石公園からは海沿いの道を歩きます。180度開けた眺望、雄大な海の景色が楽しめます。
気分爽快、心身共にリフレッシュ、心豊かな時間を過しました!
by b_neige | 2017-01-23 20:13 | 横須賀歩き | Comments(0)

秋谷神明社&若命家長屋門→立石不動院(滝不動)(2017.01.21)

秋谷神明社の鳥居前には「若命家(わかめいけ?わかめけ?)長屋門」があります。
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画像の右下にそれを解説する標柱があるでしょう?
横須賀市指定市民文化遺産 若命家長屋門
屋根は瓦ぶきで、壁は漆喰、腰はなまこ壁の長屋門。入口正面に向かって左手には納屋、米蔵があり、右手には畳部屋が附属する。建立年代は江戸末期と伝えられる。
とありました。
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一見とてもきれいです。最近修復工事が行われたよう(2006年)。(今も若命家の門として現役!)
ちなみに門扉は内開きのケヤキの扉。以前は木の部分に、風雨から保護するため柿渋が塗られていたそうです。(この扉はめったに開かれず、通常は画像、右側に見える切戸と呼ばれる小さな通用門から出入りする)
屋根は元々は茅葺き。(関東大震災後、瓦葺きに)
若命家は、江戸時代、秋谷村の名主役を務め(本陣の役目も)、門前の広場は年貢米の徴収の際、使用されました。

泉鏡花のエピソードもあるんですよ。
泉鏡花は逗子に滞在していた明治41年、「草迷宮」という物語を執筆します。主人公・葉越明が、幼い時に亡き母から聞いた手毬歌をもう一度聞いてみたいと、諸国を遍歴する旅に出て、ついに三浦郡秋谷の里、黒門と称する村の庄屋の別宅で探し当て......とそんなテーマ。この若命家長屋門が作品中のその屋敷のモデルとされています。
(余談ですが、泉鏡花の文体って、どう思われますか?よほどの国語力がないと読破出来ませんよね。今回も手元に本はあるのですが...。集中するのみなんでしょうかねぇ...、溜息です。)

なまこ壁の立派な門、ちょっと下田の古い町並みを思い出しました。

さて、では鳥居をくぐって、秋谷神明社にお参りです。
神社の由緒書に、元弘元年(1331)に若命基盛が祭神を奉戴し、こちらの秋谷に移り、以降氏神として村民に敬崇されているとありました。
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つまりは若命家のご先祖(桓武平氏の流れの出)は約700年前にこちらに来られたということ。

鳥居をくぐると、長い石段!
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両脇の椿がちらほらと花をつけて、とにかくのどかな感じのところでした。
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ちなみに海を背にしています。お社の前からは、はるか遠くに伊豆半島の達磨山辺りが望めました。

はい、こちらが拝殿になります。
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海老虹梁、水引虹梁の彫り物はなかなか凝ったものです。
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こちらの画像は拝殿脇から撮ったもの。
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拝殿の後ろにご本殿(神殿)がある形。
そして、おもしろいと思ったのは、参拝の手順図に、本殿(神殿)の後ろをぐるっと周り、裏壁をコツコツたたいて歩くって記されていたんです。どうして??
伺おうと思ったのですが、どなたもいらっしゃらなくて…。どなたか教えていただけると嬉しいです。

さて、この次ですが、立石公園の手前にある立石不動院(滝不動)へ。
矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)がのっかった山門です。確か今泉の称名寺でも、この手の門、見かけましたね。
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お寺の方でしょうか、お婆ちゃまにお会いしました。よくお参り下さいましたって。
こちら、門から入って左側のお堂。
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残念ながらお不動さまのお姿は見られず。(>_<)
参道が奥へと続いています。再び門。今度はお不動さまがのっかってます。
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一段、高い場所にある不動堂。こちらが滝不動さまかな。
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手前の狛犬、ユニークです。なんか、スターウォーズに出てくるみたいな。。。(ちょっと笑える)
不動堂の中はうかがえず。実は、今年、三浦不動尊霊場の12年に一度の御開帳があるんです。
その時を楽しみにしておきましょう。

そして、こちらが滝。
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水量があまりないのか、この日はあまり滝って感じはしませんでした。岩肌に幾筋か水が伝わって落ちてるかなって具合。
最近雨が降りませんからね。仕方ないです。こちらも、次の来訪の時を楽しみに。

それじゃ、次は立石公園と思って、こちらの不動院を後にしたのですが、帰宅して気がつきました。庚申塔とか拝見するの、全く忘れてました~。(>_<)
だから、またいずれってことです。はい。
by b_neige | 2017-01-23 06:59 | 横須賀歩き | Comments(2)

横須賀・芦名 浄楽寺→正行院へ(2017.01.21)

逗子駅から2番乗り場のバスで浄楽寺バス停下車。
スタートは浄楽寺。
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そう、あの運慶仏5体をお祀りするお寺です。浄楽寺には昨年2度ほどお参りしているので、この日はパスさせていただきますぅ。
cf : 横須賀・芦名 浄楽寺へ-運慶の仏さま拝観(2016.08.05)
cf : 横須賀・芦名 浄楽寺へ 続き(2016.08.05)
cf : 横須賀・芦名 浄楽寺の開きの縁日(2016.10.19)
週末だからでしょうか、左側の駐車場の一角には地場野菜やら三浦の海の幸やら市が出ていました。荷物になるのでやめようとは思ったのですが、あまりに安くて新鮮な野菜に目がくらみ、ものすごく立派なカリフラワー、一房まるごと求めました。200円。(リュックはそれで満杯に…。)
ついでといってはなんですが、浄楽寺まで来たら、あのパン屋さんですよね。芦名ベーカリー、もちろん忘れていません。
午前中だし、品数多かったですよ。
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野菜のドーナツ?アンチョビとオリーブのフォカッチャ?わぁ、楽しい!

失礼しました。それでは散策開始。浄楽寺から正行院というお寺へ。
バスで来た道を少し戻った先にある前田橋の信号を右折します。
途中の水仙。
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今年は暖かいのかどこでも水仙が満開です。
そして、この道の正面に見えた富士山です。
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めちゃめちゃきれいでしょ?
さて、前田橋の信号を右折すると、お国橋という橋があり、ここがどうやら前田川遊歩道の起点のよう。
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ここから川辺に下りて、上流方面へ歩くんですね。
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この前田川遊歩道、なかなか楽しめそう。大楠山ハイキングコースとリンクしているようだし、いつか、そのうち終点まで歩いてみたいと思います。

さて、今回は、遊歩道には下りず、このまま道なりに、高台にある上行寺まで。
坂の右側に並ぶ沢山の石仏。
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子供を亡くした方々が納められた供養のお地蔵様とか。
山門左下にも。
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ご本堂へは、更に石段を数段上ります。
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はい、こちら。
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紫雲山 秋谷寺 正行院 浄土宗のお寺。(三浦地蔵尊三十八札所の第20番札所)
鎌倉幕府の御家人・和田義盛ってご存知ですよね。実は和田義盛は木曽義仲の盟友?巴御前を妻にしたと伝わります。
(宇治川合戦で木曽義仲は敗れ、自刃しますが、巴御前を逃がすのです。その後捕えられて頼朝のところに連れてこられた際、和田義盛が引き取り、その巴御前を母に朝夷名三郎義秀が生まれたとか、確かそんな伝説があったかと…。)
和田義盛は、三浦半島西海岸の秋谷・乗越海岸に、その巴御前の菩提寺を建てたと伝わり、それがこちらの正行寺の前身なんだそうです。
びっくりでしょう?あの話って、本当だったのっていう感じ。(笑)
お堂の中に巴御前の所縁のものがあればねぇ。。。
ちなみに、この日、お堂は閉められていましたが、靴が並べられていて、何やら法要?中から、お経のお声が聞こえました。

ご本尊は阿弥陀如来さま。その他、薬師如来及び十二神将、閻魔大王坐像なども。
こちらの閻魔像は身の丈1.2mもあるそうです。(以前秋谷海岸にあった閻魔堂より移転・寄進されたものとか)
残念ながら画像がありません。<(_ _)>

ご本堂の屋根の唐獅子。
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寺紋は浄土宗ですからね、抱茗荷でしょうか。
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そうそう、こちらのお寺、明応年間に後土御門天皇の勅許を受けて、お十夜法要が始まったそうで、歴史があるお寺なんですね。

*帰宅して分かったことですが、正行院の石垣には「鈴木三郎助」と刻まれた寄進を表す石が埋め込まれているそうです。二代目「鈴木三郎助」は味の素の創業者。母・ナカさん(初代「鈴木三郎助の奥様」)がこちらの出身(秋谷)で、ご実家が正行院の檀家だったことに由縁しています。

ではここから、秋谷神明社に向かうことにします。ルートはバス通りです。バス道に出ると、秋谷神明社は目と鼻の先でした。

おまけは途中の河津桜と水仙。
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歩いていて汗ばむほどの小春日和です。
by b_neige | 2017-01-22 07:16 | 横須賀歩き | Comments(2)

横須賀・芦名 浄楽寺の秋の縁日(2016.10.19)

10月19日は横須賀、芦名の浄楽寺の秋の縁日。
(浄楽寺の運慶の仏さま達、一般公開は春の3月3日と秋の10月19日)

夏休みにこの浄楽寺の運慶仏さまを拝観したのですが、
cf : 横須賀・芦名 浄楽寺へ-運慶作の仏さま拝観(2016.08.05)
cf : 横須賀・芦名 浄楽寺へ 続き(2016.08.05)

あの時は、事前にお寺にご連絡して、収蔵庫にお祀りされている仏さま達を拝ませていただきました。私一人での拝観だったので、今思ってもありがたく、未だ感動の余韻が残っています。
実は、あの日、帰宅して主人にどんなに素晴らしかったか、報告したところ、主人が、それじゃあ、秋の縁日には是非に、ということになり、この日、私にとっては2度目ですが、主人のお供で浄楽寺再訪へ。

浄楽寺はバス停「浄楽寺」のすぐそば。山門から見えるご本堂です。
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ねっ、結構、賑わっているでしょう?
ご本堂前には軽トラックが2台ほど停まり、飲み物やら焼き鳥、焼きそばの類が売られていました。
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この右手に地蔵堂があるのですが、そちらでは、沖縄のほら、サーターアンダギーでしたっけ、素朴な揚げ菓子、あれも売られていました。

食べ物の話はさておき?、今回はご本堂が開扉されています。そして、中にお祀りされている阿弥陀如来さまのお手とつながる白い手綱が垂れ下がっています。まずは、そちらをしっかり握ってお参りです。
お堂の正面に掲げられた扁額にうっとり。♪
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頼朝さんが建立した、今はもうあるはずもない、鎌倉・大御堂の大寺院を思い起こさせます。

昇堂して、お堂の中を見せていただきました。
内陣の古い欄間には、優美に天女さまが舞う様子が彫刻されています。いにしえの、落ち着いた美しさに目を惹かれました。
そうそう、お供え物が素敵だったんです。今年収穫されたばかりのお米がたっぷり入った袋、ピーマンがはちきれそうに詰まった袋、きれいな里芋がいっぱい見えているビニール袋、マドレーヌのお供えもあったっけ。もちろんお酒だって。お檀家さん達からと思いますが(お名前があったので)、収穫の秋への感謝の気持ちですよね。ほのぼのした感じがとてもよかったです。

さて、お堂を出た後は、収蔵庫へ。
ほら、赤い幟が立っているでしょう?
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「御開帳 国指定重要文化財 阿弥陀三尊仏」、「御開帳 国指定重要文化財 開運毘沙門天」、「御開帳 国指定重要文化財 厄除不動明王」と、それぞれありました。
年に2回ですからね、訪れる方、ひっきりなしにいらっしゃいましたよ。石段を上がって、靴を脱いで、中へ。(志納金100円也)
写真はダメなので、残念。以前のレポートで、お許しください。m(_ _)m
今回は、この収蔵庫の中で、絵はがきやら写真やら販売されていました。で、購入したのが、こちらの阿弥陀如来さまのお写真。
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間近で拝見する阿弥陀様、やはり心打たれるものがありました。

さて、お初だった主人ですが、収蔵庫の中で、昔の(1997年)○○新聞の文化欄の記事(3週に渡って企画された運慶仏に関するもの)が紹介されているのを見つけ、OBとしては嬉しかったようです。

ついこの間は、伊豆の願成就院でやはり運慶の仏さま達、拝観してきました。そことこの浄楽寺以外に、東国の運慶作の仏像はありません。あとはね、奈良。
以前、奈良・興福寺(北円堂と国宝館)で4体、既に拝ませていただいています。
cf : 奈良公園 興福寺へ(2013.05.10 part2)

ということで、残すは、円成寺(奈良)の大日如来像と東大寺南大門の金剛力士像。
東大寺南大門の方は、そりゃあ、修学旅行の際とか目にはしてると思うのですけどね。。。(笑)
いずれそのうち~。

さてさて、おまけに移ります。
前回、浄楽寺を訪れた際、コメント欄でヒロリンさんに近くのベーカリーを教えていただきました。今回は忘れませんでしたよ。
ほんとに浄楽寺の山門から50mも行かないかもしれません。
「パン芦兵衛」
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ここのパン屋さん、ほんとに人気のパン屋さんのよう。私達、1時半過ぎだったと思うのですが、もうほとんどありませんでした。残っていたのこれぐらい。
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コーヒーをテイクアウトし(こちらのコーヒーも美味しかったです)、外のベンチでパンをいただいていたら、食べ終わる頃にはお店、closeになってしまいました。
(もう少し詳しく書くと、私達が外にいる間にアップルパイが焼き上がり、多分、その焼き上がりの時間を狙って?、お客様が次々にいらっしゃり、あっという間に売り切れになってしまったんです。)
お店の方、今日は早かったですって!私も、そのアップルパイ、欲しかったんですぅぅ。
by b_neige | 2016-10-20 23:00 | 横須賀歩き | Comments(2)

横須賀・大矢部 満昌寺-三浦大介義明公廟所(2016.08.21)

この日のラストは満昌寺。
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頼朝公が三浦大介義明公の追善のため、創建したお寺です。
ご本堂の前には頼朝公お手植えと伝わる躑躅が植栽されていました。
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案内板によれば、いつの頃からか、この木の枝先に頭を入れると「頭痛持ちが治る」そうで。すごっ!

ご本堂。
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中興の祖は、鎌倉・報国寺の開山、天岸慧広。清雲寺は円覚寺派でしたが、こちらは建長寺派になります。

実はね、清雲寺の滝見観音さまは事前拝観予約しましたが、満昌寺には、連絡を入れませんでした。よって、こちらのお寺の宝物殿にお祀りされている三浦大介義明公の坐像は残念ながらスルー。
まっ、いいんです。三浦大介の坐像には、いつだったか、有志会で鎌倉・材木座の来迎寺を訪れた際、お目にかかってますから。(もちろん、こちらの満昌寺の坐像とは異なります)
(ネットより、来迎寺の義明公坐像)
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ご本堂ではなく、確か、手前右側の来迎寺会館に安置されていたような。

さて、満昌寺ご本堂の左手裏にある御霊神社へ。(創建は和田義盛と伝わります)
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廃仏毀釈も何のそのって感じですね。柵がありましたが、鍵はかかっていません。そのまま進みます。
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石段の左側には沢山の羅漢さまがいらっしゃいます。
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どんつきは、御霊神社兼三浦義明公宝物殿。
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ここまで来たからには、やっぱり坐像、拝見したかったぁ...。(笑)
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来迎寺の坐像とは、少し感じが異なりますね。

* 補足
案内板に、〈三浦義明は後三年の役で八幡太郎義家にしたがって勇名をはせた為継の孫で…〉とありますが、為継公と長谷・御霊神社の祭神、鎌倉権五郎景政公とのエピソードをご紹介しておきます。
後三年の戦いで権五郎は右目を矢で射られますが、ひるむことなく戦い続けて敵を倒しました。帰陣して、右目を貫通している矢を抜くことを頼みます。ここに登場するのが為継公。為継は、なかなか矢が抜けないので、権五郎の顔に足をかけ、無礼者と怒られてしまいます。
このエピソードで、一躍権五郎は板東武士の鑑としてヒーローに。でも、非礼を詫び、丁寧に矢を抜いた為継も名だたる武将だったんですよ。はい。

背後にあるというご廟所へ。
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中央に置かれた宝篋印塔が三浦大介のもの。
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右奥の五輪塔は義明公の妻のものだそうです。
(手前の石灯籠は江戸時代に、子孫が奉献したもの)
鎌倉・材木座の三浦大介義明公の供養塔は大きな五輪塔ですが、こちらでは宝篋印塔。
う~ん、個人的には、陽向に置かれた来迎寺の五輪塔に軍配を上げたいですが、皆さんは如何かしら?

廟所内の板碑。
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きれいな色ですよね。観音種子板碑というそうです。梵字もはっきりしています。

満昌寺はこれにて拝観終了。ついでに?近隣にあるという磨崖仏を見ておくことにしました。
満昌寺の墓地に沿って、坂道を上っていくと、右手、角にあります。
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屋根がついていて、保護されていますよ。
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こちら、左側の第一面、円の中に仏さまが彫られています。
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ちょっとアップで。
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あまりよくは判りませんね。
右側の面については、更に判らず…。鎌倉時代のものと考えられるんですって。
古くて珍しいものなのだと思いますが、この程度のものだったら??(汗)、鎌倉のやぐらにもあるような。五輪塔とか、もっと立体的に彫られてるし、とかなんとか。(笑)

この日は清雲寺→腹切松公園→満昌寺→磨崖仏と廻りましたが、衣笠城址周辺には三浦氏興亡の跡が多々残されているようです。
鎌倉ガイド協会の10月史跡めぐりCコースでも、「鎌倉幕府草創の功労者、三浦一族興亡の地「衣笠」を歩く」のタイトルで、ここら辺りを廻るようです。(参加してみようかしら)

帰りのバス停は、降りたバス停と同じ、「衣笠城址」。横須賀駅行きの本数、多いんです。意外と便利。オススメしちゃいます。
by b_neige | 2016-08-23 16:46 | 横須賀歩き | Comments(0)