カテゴリ:京都のお寺( 19 )

奈良の旅 3日目午後は京都・東福寺へ(2015.11.20)

奈良から戻りました。いい旅でしたよ。
1日目は奈良町(ならまち)散策、2日目は笑っちゃうけど、安直に観光バス、3日目は紅葉を探して、奈良市郊外にあるお寺へ。そして最後は、少々おそい時間になってしまいましたが、京都・東福寺に寄り道??(昨年のリベンジ~)
cf : 京都二日目 東福寺(2014.12.02 part2)

お天気は初日、雨! 2日目曇り、3日目晴れという具合。まずまずだったかしら。
忘れないうちに、旅行記まとめておこうと思います。よろしかったら、どうかお付き合い下さいね。
それでは、最後の東福寺から行きますよ。

紅葉は7分ということだったのですが、まずは参道の臥雲橋から通天橋(方丈と開山堂を結ぶ)方面をどうぞ。
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案外といい感じでしょう?
そして、こちらが反対側、通天橋から臥雲橋を見下ろす眺め。
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この通天橋-臥雲橋が洗玉潤(せんぎょくかん)と呼ばれるモミジの渓谷、すごいスケールでしょう?
ただし、昨日の段階では、紅葉は、この辺りまで。通天橋の向こう側はまだいささか、見頃前でした。ましてや、この奥にかかる偃月橋(えんげつきょう)周辺のモミジに至っては、正真正銘の?青々としたモミジで…。(笑)

洗玉潤には散策路が設けられています。
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私も見事な紅葉、楽しみました。
経蔵をバックに、陽に透けるモミジ。
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素敵でしょう?
まだまだ、青みが残っている場所も多く、
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そうですね、この辺りは、今月末頃まで楽しめるのではないかしら。12月に入ってしまうと、やっぱりサミシイかも。(昨年は12月2日に訪れています)

昨日はあまり、時間もなく、方丈・庫裡などパス。偃月橋を渡った先にある龍吟庵もパス。ただ、その右側にある、即宗院が今年、特別公開されていたので拝観させていただきました。
薩摩藩東福寺城の守護大名であった島津氏久の菩提のため創建され、薩摩藩の畿内菩提所となったお寺です。
きれいな庭園がありました。由来は、平安時代、関白藤原忠道がこの地に東御堂を建立するのですが、その子、兼実は自身が別称「月輪殿(つきわどの)」と呼ばれていたことにちなみ、山荘「月輪殿」とします。即宗院の庭園がその跡地。法然上人が来訪されていて、その行状絵巻には、優美な寝殿造りの邸宅と池庭が描かれているそうです。
昭和52年には、庭園文化研究所等の指導で往時の面影が復元されました。(右手に鉤(かぎ)の手=心になった池あり)
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手前に椅子が拝観者用に何脚か置かれ、皆さん、ゆっくりくつろいでらっしゃいました。
東福寺最奥に位置する塔頭なので、まだ紅葉は完全じゃありませんが、庭園の苔との対比が美しかったです。

即宗院にはもう一つ、見ておかなければならないものがあります。
明治維新の際、西郷隆盛公と月照上人が、新撰組や幕府の追っ手を逃れ、この辺りに隠れて、ここから密令を発し、諸藩と連帯のもと、維新の大業を完遂したそうです。討幕後、隆盛公は、明治維新で戦死した霊を供養するため、自ら筆をとって銘文を作り、明治2年、「薩摩藩士東征戦亡の碑」を建立しました。
こちら、その524霊の墓碑。
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明治維新の歴史に登場する「生麦事件」の奈良原喜左衛門の名前など確認できます。

さて、境内で一服いただき、
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ほっとひといき、旅もしめくくりです。
こちらは、帰り道、一番下の臥雲橋手前で。
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平日と言っても金曜の午後、お天気も上々だったことから?東福寺、なかなかの人出でした。(特に外国人の数たるや、多かったです!)ピーク時はこんなもんじゃないそうですが。
最後、再びこの橋から通天橋をどうぞ。
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まだまだ大勢の見物客がいらっしゃいますぅ。(拝観終了間際なんですよ)(+o+)
by b_neige | 2015-11-21 17:10 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都三日目ラスト 無鄰庵(2014.12.03 part5)

京都の旅、12本目のレポート(これがラスト)は山形有朋の京都別邸・無鄰庵(明治27-29年)です。
南禅寺からは徒歩10分位かな。琵琶湖疏水記念館の対岸に位置します。
こちら、入口。
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建物は木造2階建の母屋とお茶室、それに煉瓦造り2階建洋館の3つからなり、敷地の大部分を庭園が占めています。
まずはその広大な庭園(面積約3.135m2)を。(建物は手前にあります)
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山形有朋自らが設計し、造園家・小川治平衛(7代目)が作庭したものだそうです。東山が借景で、疎水の水を取り入れた池泉回遊式庭園。この庭の一番奥には三段の滝が造られています。
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滝のところから振り返ると、
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木々に隠れて建物が見えませんよね。それぐらい遠くにあるんです。
もう少し手前まで戻ってきて、建物を眺めると、こんな風です。(左手のお茶室が入っていませんが)
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お茶室の前から母屋方面を。
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そうそう、母屋の1Fのお座敷ではお抹茶セット、いただけるようになっていました。

お茶室の画像、撮り忘れました。<(_ _)>
洋館2Fですが、明治36年に、元老・山形有朋、政友会総裁・伊藤博文、総理大臣・桂太郎、外務大臣・小林寿太郎の4人によって、日露戦争直前の日本の外交方針を決める「無鄰庵会議」が開かれた部屋があります。
(画像はHPより)
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壁には、江戸時代初期の狩野派による大変素晴らしい花鳥図障壁画、同じく花鳥文様の格天井、重厚な家具が置かれて、それらしい雰囲気。当時の面影を感じました。

さてさて、拝観見学はここまで。実は三条通りにある、ル・グランマーブル カフェ クラッセに行って、お土産のデニッシュパンをゲットしなければなりません。お目当ては「京都三色」。画像、HPよりお借りします。だって、もう食べちゃったんですぅ。(+o+) 
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お店のHP:http://www.grandmarble.com/pickupshop/cafe_classe.html
これ、美味しかったです!

というわけで、以上にて、京都の旅レポート終了です。(がんばりました~)
最後までお付き合いいただいた方、ほんと感謝します。ありがとうございました。016.gif

京都駅発18:33 無事、帰京しました。(^^)/
by b_neige | 2014-12-12 19:24 | 京都のお寺 | Comments(2)

京都三日目 永観堂禅林寺(2014.12.03 part4)

京都三日目もそろそろ大詰めです。哲学の道を歩き終わって、永観堂禅林寺に向いました。
貞観5年(863年)、清和天皇の勅額を賜り禅林寺となりました。禅林寺を永観堂と呼ぶのは、永観律師がこの寺の中興の祖であることから。

こちらは永観堂総門前。
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ここで交通整理に当たっていた警備の方が、先週はここ、ぎっしり満員で身動きも出来ない状態だったと教えてくれました。
京都では2日目に訪れた東福寺と並んで紅葉の古刹になります。
1週間経って、人出はもちろん落ち着いていますが、モミジは散り始めて残り3分といった具合でしょうか。
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散り際の美しさはもう通り越しているかも。それでもないよりずっとまし?(笑)
超がんばって、残っているモミジ&山裾に立つ多宝塔です。
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これは、多分釈迦堂だったと思います。
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大玄関から受付を通って、特別寺宝展を拝観しました。(建物内部は撮影禁止)
古方丈、瑞紫殿、釈迦堂、阿弥陀堂と、それぞれ大きなお堂。そこに架けられている沢山の重要文化財、「仏涅槃図」や「十界図」、「山水図」、襖絵等々、それに仏さま、不動明王、愛染明王、そして、蒔絵や硯箱、舎利塔など、多数の寺宝。大変充実しています。
こちらは、庭園を釈迦堂側から。
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古方丈につながる鶴寿台から。
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釈迦堂前の唐門。
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勅使門です。天皇の使いは、この盛り砂を踏んで身を清めてから、中に進んだそうです。

釈迦堂脇の庭園。
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一番印象に残っているのは、阿弥陀堂に安置されているご本尊「みかえり阿弥陀如来」(重文)です。お寺でいただいたパンフレット、スキャンしますね。
右側の仏さまです。
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[パンフレットから抜粋:
禅林寺中興の祖・永観は、本尊・阿弥陀如来像の前で、ひとり日課の念仏修行を修していた。ふと気がつくと、いつの間にか本尊の阿弥陀如来像が、永観の先に立って念仏行道をはじめられた。あまりのありがたさに、永観は堂の隅に立ち止まり、感涙してしまった。永観が歩みを止めたのに気がつくと、阿弥陀如来は左に振り返り「永観おそし」と言葉を発せられた。末代の衆生済度の証拠に、この姿を永くとどめたまえと永観が祈ると、阿弥陀如来像は振り返った姿のままとなったという。

現代の私たちが、みかえり阿弥陀のお姿に教えられるもの、それは、遅れるものを待つ姿勢、思いやり深くまわりをみつめる姿勢、そして自分自身をかえりみ、人々とともに正しく前へ進む姿勢。それはまた、阿弥陀さまの私たちへの思いなのです。]

とってもおきれいなお姿で、拝観出来て嬉しかったです。堂内は修復工事が完了して、極楽浄土を思わせる大変華やかな彩色が施され、鮮やかでした。(一部、あえて現状のまま残されている個所があります。もちろんそちらの方が侘び寂びを感じます。彩色って難しいですね。)
こちらが拝観後出てきた場所。その阿弥陀堂の前です。
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彩色、如何でしょう?
また、おもしろいなと思ったのは御影堂の後ろに植えられていた「三鈷(さんこ)の松」と呼ばれる珍しい松の古木。葉先が2つじゃなくて3つに分かれているんです。「三鈷」とは「智慧」「慈悲」「まごころ」で、この松の葉を持っていると、3つの福が授かるそうです。売店に無料で、落ちたこの松の葉が置かれていました。で、1本、いただいてきました~。
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すごいでしょう?(^^) 長いんです。27cmもあるんですよ。

あとは放生池のまわりで、撮った紅葉です。
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カモもいました。
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永観堂、最後のモミジ、堪能しました。
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さて、この後は、ぼちぼち歩いて、
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南禅寺へ向いましたが、さすが3日目、3時過ぎて疲れてきました。南禅寺も大きなお寺で、残念ながら、もう拝観する余力が。。。(>_<) というわけでパス~。

でも、その代わり?南禅寺の先にある山県有朋の別邸・7代目小川治平衛作庭「無鄰庵」に寄りました。次回は、晩秋の京都の旅、ラストのレポートです。あと、1回です。どうぞご辛抱下さいね。
続く
by b_neige | 2014-12-12 07:06 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都三日目 住蓮山安楽寺(2014.12.03 part3)

法然院から哲学の道に戻り、ほんの少し歩くと、安楽寺への分岐。橋を渡れば数分です。
山門前にカメラマンが大勢。素晴らしい紅葉でした。
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安楽寺:秋の特別公開中、12月7日までの27日間とか。
ご本堂でお坊さまからお寺の由来やご本尊のことなどご説明がありました。
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皆、お堂に入れていただき、座ってお話を伺います。大変わかりやすいお話。お寺の縁起等、よくわかって有難かったです。
浄土宗の元祖法然上人の弟子であった、住蓮上人と安楽上人が「鹿ケ谷草庵」を結んだことに始まります。両上人のもとに、後鳥羽上皇の寵愛を受け、女官として仕えていた松虫姫と鈴虫姫が訪れ、心の平安を求めて、後鳥羽上皇の許可なく出家してしまうのです。それに怒った上皇は、この浄土宗を弾圧。住蓮上人と安楽上人は、共に斬首の刑に。のみならず法然上人は流罪に。両姫は瀬戸内海に浮かぶ生口島の光明坊で余生を送ったと伝わります。流罪地から帰京した法然上人が両上人の菩提を弔い復興した草庵が現在の「住連山安楽寺」ということです。

こちら、方丈で。
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そしてお座敷からの庭園。
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東山を借景としたツツジとサツキの庭園。お花の頃はきれいでしょうね。
境内の紅葉です。
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そして、境内の中から眺める山門。
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美しいですね。モミジにかろうじて間に合ってよかった!

再び哲学の道に戻ります。
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銀閣寺から歩き始めた、哲学の道。最初は両側に住宅地が広がっていましたが、次第に左岸が森、山裾になってきます。
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そして、そろそろ終点。
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このきれいな紅葉の途切れる辺りで終わりです。道は右と左に分岐。(永観堂方面が右。ちなみに左の道は新島襄・八重ご夫妻のお墓方面。)

「哲学の道」、いかがでした?疎水沿いに個性的なカフェも多く、楽しめる小径です。
鎌倉の哲学の道、明月院通りには、う~ん、ほんの少しは面影感じるかなぁ、どうかしら??(゜-゜)
by b_neige | 2014-12-11 07:54 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都三日目 哲学の道を法然院へ(2014.12.03)

京都3日目は哲学の道を辿ります。
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琵琶湖疏水が流れ、両岸に桜並木が植えられて、よく整備された小道。明治の頃、文人が多く住むようになり「文人の道」と称されていたようです。その後、(鎌倉でもお馴染み)西田幾多郎をはじめとする京都学派の哲学者達が散策したことから、現在は「哲学の道」と呼ばれ親しまれています。(永観堂付近の熊野若王子神社横まで約2kmの道のり)

さて、出だしは銀閣寺でしたが、次に向うのは、法然院。
実はこの法然院辺り、主人の母の故郷なんです。そこで生まれて結婚するまで、住んでいたという…。何年位前になるのかしら?戦争より前の話。
母は残念ながら既に亡くなっています。ユーモアがあって、素敵な母だったんですよ。
以前から、一度行ってみたいと主人が言っていて、それもあって、今回はこのコース。
まずは、母が住んでいたという法然院町を探してみることにしました。
主人が聞いたところによれば、銀閣寺への分岐から哲学の道を少し歩いて、2つ目位の角を右に下りて、というのですが、そこら辺り行ってみると浄土寺上南田町。どうも、なかなか見当たりません。あきらめて、もう一度哲学の道に戻って、とりあえずは、法然院に向うことにしました。
母の実家では、法事など法然院でやっていたそうなんです。(だから、絶対、ここら辺りのはず)

法然院は、哲学の道にかかる橋を山側に渡ってすぐ、800年以上の歴史を持つ、法然上人ゆかりのお寺です。
こちら山門になります。
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茅葺きの山門。この山門を境内の中から撮ると、こんな具合。
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如何ですか?山中の趣があるでしょう?
画像、左手に小さい講堂があって、この時はガラス作家の個展が開かれ、透明な美しい小さなコップが沢山並べられていました。(お寺の雰囲気にマッチしていました)
また、石段の下、両側には白砂壇があって、モミジがきれいでした。
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石橋の両側は池。かなり前、BSNHKで「法然院 いのちの庭」というタイトルだったかしら、スペシャル番組がありました。この池を中心とした緑深い境内の四季折々の移ろいを素晴らしい映像で紹介していて、それは素敵でした。もう一度見たいくらい。

白砂壇の写真、ちょっと切れてしまっていますが、山門の上から撮った境内です。
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画像右側は鬱蒼とした森林。境内の閑寂さ、感じていただけますか?
このモミジは地蔵塔の辺りで。
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こちらは多層石塔、青空にきらめく紅葉と。
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ただ、この法然院、本堂や方丈などには上がれません。4月と11月に1週間ずつ伽藍内特別公開があるだけ。お寺のしおりなどもなかったです。(そう言えば、拝観料なし)
玄関で、
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主人が法然院町のことを伺いました。この辺り一帯がそうなんですよ、とのお答。じゃ、主人の母の家は、哲学の道から山側に橋を渡った、この法然院近辺ってこと?(主人が聞いていたのとは少々違うけど)

ちょっとこの辺りを歩いてみましょうよと、お寺を後にしました。
(実はこのレポートのため、資料を読んでいたら、京都東山の豊かな自然が色濃く残るこの界隈、文人らにも広く愛され、法然院の墓地には作家・谷崎潤一郎、哲学者・九鬼周造、日本画家・福田平八郎、ノーベル化学賞受賞者・福井謙一をはじめ著名人のお墓がずらり。
方丈の庭園やお茶室、障壁画なども見事なようで、これは特別公開にあわせて、また是非再訪したいお寺になりました。)

お寺の山門を出た辺りはこんな参道です。
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私たちはすぐ手前の道を右に。そして、法然院から下りて来たところにあるログハウス風の法然院森のセンターに入って、また法然院町のこと、伺ってみました。やはり、哲学の道から山側に上がった法然院周辺というお答。

哲学の道に戻って、それじゃお母さんの家はどうやらこの辺りだったのね、と主人と話しながら、しばし感慨にふけていたところ、橋からそう遠くない場所に写真店(もしかしてお土産物屋さん)があり、店頭に往年の写真が。眺めていたら、お店のご主人が出てらして、これが自分だと。橋の脇で幼稚園前位の子ども達が遊んでいる写真でした。6、70年前の写真です。
主人はそこでもう一度法然院町のことを尋ねてみました。すると!
今は区画整備されて色々な町に分かれているけれど、昔はここら一帯がすべて法然院町だったと。
そうなんです。主人がお母さんから聞いていた通り、やっぱり山側じゃなくて、銀閣寺から少し歩いて右に下りていった辺りも昔は、法然院町だったんです。今はもう新しい家ばかりが並んでいますけどね。
主人と私、やっと納得出来た次第。
なんだか、主人の母を近くに感じました。
by b_neige | 2014-12-10 16:21 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都三日目 東山 慈照寺=銀閣寺(2014.12.03)

京都3日目は市バス停・銀閣寺道下車、哲学の道を東山慈照寺こと銀閣寺へ向います。
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ちなみにここが哲学の道のスタート地点(白川通り・今出川交差点付近)。
しばらく歩くと、銀閣寺への分岐です。上り坂の両側に土産物店が連なり、ちょっぴりだけど江の島に似ている??
こちらが総門になります。
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総門から中門への参道(50m位)には、大苅込の生け垣&銀閣寺垣と呼ばれる竹垣が続きます。
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ビシッとした格調の高さ?を感じます。
拝観受付を済ませて境内に入ると、すぐ観音殿の前。言わずと知れた銀閣(国宝)です。
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白砂で波紋を表現した銀沙灘(ぎんしゃだん)、白砂の富士山型の向月台、うっとりする景色が広がっています。
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本堂の前に座り込んで、この景色を堪能している方々、結構大勢いらっしゃいました。お参りどころじゃありませんよね。(笑)でも私、お参りしましたよ、はい。(ただ本堂は閉じられていて、内部は見えません)

銀閣寺は、室町時代の文明14年(1482年)、八代将軍・足利義政公によって建立されました。「銀閣寺」というのは俗称で、義政公の法号「慈照院」にちなんで、のちに東山慈照寺と命名されました。

観音堂=銀閣の他、本堂の脇には東求堂(とうぐどう)(国宝)=義政公の持仏堂等ありますが、拝観は不可です。

広大な境内に広がる庭園は、国の特別史跡&特別名勝指定。(最初の日に拝観した醍醐寺・三宝院の庭園と金閣寺の庭園がこれに当ります。三ヶ所のみ)
錦鏡池を巡る美しい池泉回遊式庭園で、矢印に従って、散策を楽しみました。

思わず歓声を上げるような見事な紅葉。
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こちらは展望所からの眺め。
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朝の澄んだ空気の中、庭園散策は大変気持ちの良いものでしたが、
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建物内部の拝観がなく残念でした。

本堂に連なる弄清亭(ろうせいてい)=香席には日本画壇の重鎮であった奥田元宋氏による襖絵が奉納されていて、とても興味があるのですが、いつ拝見出来るのでしょう?

そうそう、銀閣寺の門前にシュークリーム屋さんがあるのですが、そこで休憩していたところ、XJapanのYoshikiさんが来るかもしれないと、女の子達が大勢、花束を持って集まっていました!
でも、何時頃か、わからないんですって。えぇ~っ、それって、な~に???(>_<)
by b_neige | 2014-12-10 07:16 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都二日目 御寺・泉涌寺(2014.12.2 part3)

京都二日目のラストは御寺(みでら)泉涌寺になります。
東福寺からは徒歩15分位かな、そんなに遠くありません。(総門まで)
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でもこの総門から、だらだら続く坂道を延々と上るんです。上り詰めた辺り、左手に大門があり、受付の向いに楊貴妃観音堂が建っています。
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ここに安置されている聖観音像が通称楊貴妃観音(重文)。玄宗皇帝が楊貴妃を偲んで香木で造らせたと伝承される宋伝来の像です。(等身坐像)長い間、秘仏であったため彩色が見事に残っているとか。
以前TVで見てから、一度実物をと思っていました。(鎌倉の浄光明寺はここ泉涌寺の末寺、境内に楊貴妃観音の摸刻(石像)が置かれていますよね)

堂内はやはり暗く、一生懸命目を凝らしてお顔拝見させていただきましたが、内陣の向こうにお祀りされているし、なかなか細部までは無理。でもおきれいで上品な佇まいのお姿でした。
堂内で買い求めた写真のスキャンです。
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そして、こちらがHPからお借りしたもの。
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美しいお姿ですよね。

大門までせっせと坂道を上りましたが、本堂(仏殿)は参道を下った正面にあります。
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当初の伽藍は応仁の乱でほとんど焼失し、この仏殿は江戸時代、徳川四代将軍・家綱によって寛文8年(1668年)に再建されました。唐様建築の代表作(重文)

大きな堂内の一番上には鏡天井なるものがあり、狩野探幽筆の蟠龍図が描かれています。
お祀りされている三世仏の後壁にも狩野探幽筆による大きな白衣観音像がありました。
(仏殿の後ろには舎利殿がありますが、拝観は出来ません)
こちら、絵葉書のスキャン。
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手前が仏殿、後ろが舎利殿。

「泉涌寺」 (ここは皇室の菩提所で御寺と呼ばれています)
天長年間、弘法大師がこの地に草庵を結び、法輪寺と名付けられたことに由来。(のちの仙遊寺)
建保6年(1218年)、開山・月輪大師・俊芿(がちりんだいし・しゅんじょう)にこの仙遊寺が寄進され、この時境内に新しい泉が湧き出たことから、泉涌寺と改めたそうです。
こちらが、仏殿右横にある泉涌水屋形。
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寺名の起源となった泉が今も湧き出ているそうです。

皇室関係の霊明殿(御真影・御尊牌等が奉安されています)は拝観不可。手前にある唐門からちらっと見えるだけ。もちろんその背後に位置する月輪陵・開山堂なども全然見えません。

本坊入口に御座所の拝観受付がありました。御座所(パンフより)
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南側に侍従の間、勅使の間、玉座の間、北側に女官の間、門跡の間、皇族の間。画像はパンフから。
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どの部屋も襖絵が美しかったです。
そして、こちらがカメラOKだった御座所庭園。
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絵葉書には紅葉のピークの頃のものがありました。
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先週だったらね。(>_<) 代りに、モミジの絨緞が見られました~。

昭和天皇がかつて御陵参拝の折、この庭をめでられ、お詠みになった歌だそうです。
「春ふけて 雨のそぼふるいけ水にかじかなくなり ここ泉涌寺」

京都2日目は桂離宮をはじめとして、東福寺、泉涌寺と広大な境内を有するお寺を廻り、時間がかかりました。12月に入って日も短くなり、4時過ぎには大分暗くなって冷えてきます。泉涌寺の別院・雲龍院の庭園(悟りの窓があります)も拝観したかったのですが、時間切れで残念でした。

この日の最後は、紅葉の季節ということで夜間特別拝観でライトアップされた高台寺塔頭・圓徳院(北の政所ねね様ゆかり)へ。庭園を楽しみました。こちら北庭。
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cf: 京都 東山 圓徳院へ(2012.03.17)
お楽しみの夕食は、祇園・花見小路のお店で~。♪ 懐石の焼き物が美しかったので、これだけパチリ。
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画像のみでごめんなさい。<(_ _)>
by b_neige | 2014-12-09 19:12 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都二日目 東福寺(2014.12.02 part2)

東福寺は言うまでもない紅葉の名所です。京都のガイドブックにはこの時季、必ず登場するスポット。
パンフレットからの伽藍配置図をご覧下さい。
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3つの渓谷が重なるような地形。広い境内を横切るように三ノ橋川が流れ、東福寺三名橋と呼ばれる3つの歩廊橋が架かります。上流から偃月橋(重文)、通天橋、臥雲橋。ここから眺める紅葉と新緑は絶景だそうです。

東大路通から参道を進み、まずは臥雲橋から通天橋方面の眺め。
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紅葉のピークは先週だったよう。残ってはいますが、全体が真っ赤というわけではありません。致し方ないですね。(-_-;)

日下門から境内に入りました。
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右奥の堂塔が本堂(仏殿)(横からのアングル)になります。
ここで拝観受付をして今度は通天橋方面へ。
こちら、通天橋から先ほどの臥雲橋を望みます。
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う~ん、なんとも言えません。(笑) ちなみに、これは拝観チケットのスキャン。
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ピーク時はこんな具合に見えるんですね。残念。ただ、上流の方はいささかましでしたよ。ほら。
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ここを開山堂方面に進みます。きれいなモミジがありました。
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開山堂(常楽庵・重文)前まで来ました。
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東福寺の開山は聖一(しょういち)国師。臨済宗を日本に伝えた栄西の高弟である行勇、栄朝を師としました。33歳で宋に渡り、6年後帰朝。藤原(九條)道家に迎えられ、東福寺を開山、歴代天皇や幕府の帰依を受けました。
向って右が枯山水風の庭園、左は文様をつけた白砂の庭園です。

臥雲橋から通天橋の間は洗玉潤(せんぎょくかん)と呼ばれる渓谷ですが、散策路があって、モミジを楽しむことが出来ます。ここら辺り、うろうろしまして、かろうじて残っているモミジ発見~!
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陽光が透けて、なんて美しいんでしょう。いいですねぇ。

さて、その後、東福寺の方丈、八相の庭を拝観。昭和14年、重森三玲(みれい)の作。こちらが南庭です。
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210坪の枯山水庭園。巨石を配して、東の大海のかなたに仙人が住むという四仙島を表現しています。渦巻く砂紋は「八海」。
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画像では切れてしまっていますが、西には五山になぞられた築山が見えます。

西庭。
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さつきの刈り込みと砂地で大きく市松模様が図案化されています。古代中国の田制「井田(せいでん)」にちなんで、「井田(せいでん)市松」と呼ばれています。

この西庭を廻って北庭に向う途中に「通天台」という舞台(展望台のような感じ)があって、そこから真ん中にかかる通天橋が一望出来ます。
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紅葉、まずまず美しいですね。
そして、北庭。
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この苔は正確には、ウマスギゴケ。彫刻家・造園師のイサム・ノグチは、この庭を「モンドリアン風の新しい角度の庭」と評したそうです。モダンな感覚の庭園、おもしろいです。

ぐるっとまわって、最後東庭。こちら、写真、撮り忘れ。<(_ _)> パンフレットからです。
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「北斗の庭」北斗七星に見立てた石が配されています。
如何でしたか?禅宗のお寺の方丈には、多くの名園が残されているようですが、四周に庭園が配されているのは東福寺のみだそうです。昭和の庭、なかなか斬新です。

さぁ、方丈庭園を楽しんだ後は、三ノ橋川にかかる一番上流の橋・偃月橋(えんげつきょう・重文)へ。
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木造橋廊です。屋根は単層切妻造りで桟瓦葺き。桃山時代(1603年)の建築という墨書が橋の中央辺り、天井に掛けられていました。
豊臣秀吉の正室・ねねのために作られたとか。通常非公開、紅葉シーズンのみ特別公開。3つの橋のうち、この橋のみが重文指定です。
この橋からの眺め。
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下流方面になります。
橋の先にある、同じく特別拝観の龍吟庵(室町時代・国宝)に行ってみました。
ここは東福寺の塔頭の一つ。東福寺第3世の大明(だいみん)国師の住居跡になります。
こちら入口。
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屋根は単層入母屋造の柿葺(こけらぶき)。鎌倉の円覚寺舎利殿(国宝)と同じ。
カメラは建物内部禁止でした。書院造と寝殿造の名残をとどめている日本最古の方丈建築とか。襖絵も素晴らしかったです。
* 寝殿造とは?
平安中期に成立した貴族の住宅型式。中央に寝殿とよぶ主屋があり、、その両側に「対殿」を配した「コ」の字形の住居。主殿の前には広い庭・池が作られた。
* 書院造とは?
室町時代に始まり桃山時代に完成した武家住宅の様式。座敷に、床の間・違い棚等を設け、壁、襖、障子などで区切る仕様。

カメラOKだった庭園をご紹介しましょう。ここも、先ほどの方丈と同様、昭和の名作庭家・重森三玲によるもの。
まずは、方丈正面の南庭。「無の庭」です。
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西庭は「龍の庭」
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中央の青石が龍の頭。白砂が海。黒砂が黒雲。
ここから見る紅葉は見事でしたよ。
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北は開山堂。正面に足利義満筆の「霊光」という扁額。
最後が東庭「不離の庭」です。
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狼に襲撃されそうになった国師の身を、2頭の犬が守ったという国師の故事に基づいて作庭されたそうです。赤砂は鞍馬の赤砂。枯山水に赤砂!印象的でした。

さて、この後、本堂にお参り、大きな山門(国宝)に感心し、
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東福寺を後にしました。
最後になってしまいましたが、東福寺は、鎌倉時代、藤原(九條)道家が、南都・東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、藤原(九條)家の菩提寺として創建。1236年から19年の歳月をかけて建立された大伽藍の禅林・巨刹です。京都五山第3位。
度々の火災で焼失を繰り返すものの、中世にさかのぼる建築が今日まで現存し、往時の威容を伝えています。

帰りは勅使門付近にある六波羅門(重文)から出ましたが、この門は鎌倉時代にあった六波羅探題の遺構を移築したものとか。寺内で最も古い建築物だそうです。実はそうとは知らずに出ました~。(>_<) ネットからお借りした画像。
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実際はもっと秋色の境内でした。そして、もちろんピーク時よりはずっとましとは思いますが、沢山の人、人、人!!
by b_neige | 2014-12-09 06:13 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都二日目 桂離宮(2014.12.02)

京都2日目は桂離宮です。
主人は、昔、京都に4年間赴任していたことがあって、そんな訳で京都は結構詳しいんです。(相当昔のことなんですけどね)
その主人がおススメなのが、修学院と桂離宮。私はどちらもまだ行ったことがなく、それでは、と宮内庁のHPから応募してみたところ、修学院は残念でしたが、桂の方が当たって、(ラッキーでしょう?すごい倍率で、なかなか当たらないと聞いています)それじゃあと、今度の京都行きになった次第。(^^)

桂離宮には、バスの一日乗車券を使って行こうとしたのですが、京都のバスって難しいです。
同じバス停に、色々なバスが来るんですもの。最初に来たバスに乗ってしまって、あれ、変だなぁ、と。。。(ルート番号を確認しないとダメなんですね)運よく通りがかったタクシーに救われました。集合時間は9:00。ちょっとだけ遅刻~。や~れやれ。
皆さん(50名はいなかったような)、施設案内のビデオをご覧になっていました。(HPからでもそれは視聴可能)
そして、係の方と約1時間の参観コースを廻りました。

こちら、中に入ってすぐ見える景色。御幸(みゆき)道というそうです。御幸門、表門=桂離宮の正門に向う道です。
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紅葉、残念ながら昨日、一昨日で落ちたと聞きました。(+_+)
茅葺切妻屋根の御幸門を通ると、その正面が表門。表門から御幸門までは鎌倉・鶴岡八幡宮の段蔓のように道幅が徐々に狭くなっていました。
表門も御幸門も写真、撮り忘れ。<(_ _)> こちら、御幸門(パンフレットから)ちょうどこんな感じでした。
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表門を確認したら、次は「松琴亭」(しょうきんてい)という冬場のお茶室方面へ。外腰掛というお茶の支度が整うまでの待合い腰掛の前を通りました。
はい、松琴亭が見えてきました。
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茅葺入母屋造り。この外観は東、北、西の三方から眺めると、それぞれ異なった風情が楽しめるんですって。
内部の様子。襖の市松模様がモダンです。
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そして、こちらはかまど。
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かまどの上部に戸棚が付いていますが、これは冬になると、食事がすぐ冷えてしまうので、こうしてかまどの上に保存し、あたためていたそうです。(昔の電子レンジ?)

ここから飛び石を辿って、春期のお茶室「賞花亭」(しょうかてい)へ。ここの画像も撮り忘れです。<(_ _)>
(パンフレットから)
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峠の茶屋風。池を掘った際の土を盛土した小高い丘に建ちます。それでも海抜5mほどとか。もっと池を深く掘って、高さを出せないこともなかったようですが、満月があえて、この背後から上る為、高さを抑えた旨、説明がありました。春期のお茶室ですが、周囲には、桜が1本、ツツジが何株か。
ここからの眺め。
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苑内で一番高い場所故、山深い処にいるような趣を感じます。

春の賞花亭から夏場の「笑意軒」に向う途中にある園林堂(おんりんどう)。
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こちらは持仏堂でした。瓦屋根でお茶室とは雰囲気が異なります。
こちらは移動途中の景観。
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最初に見学した冬場の松琴亭が見えています。

さて、夏場の「笑意軒」(しょういけん)です。
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茅葺寄棟造の屋根に杮葺き(こけらぶき)の廂(ひさし)がつけられています。
京都の暑い夏場をしのぐ工夫が随所に見られます。
六つの丸い下地窓。
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下地の組合わせがそれぞれビミョウに違うそうです。
向こう側には刈取りの終わった稲田が見えます。
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書院。(パンフより)
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桂離宮の中枢。古書院、中書院、楽器の間、新御殿と、少しずつずれて並んでいます。(こちらは内部は非公開)
右側の古書院の、池に面した正面には、竹のスノコで作られた月見台がありますが、
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中秋の名月鑑賞の際は、次に見学する秋期のお茶室を使ったとのご説明でした。月見台と名付けられていますが、納涼の設備としても使用されたようです。

最後は秋期のお茶室「月波楼」(げっぱろう)
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こちらが内部。
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観月には最適の場所だそうです。右側からは池(水面)の景色、左からは陸の景色(植え込みで池を隠している)が楽しめます。

この後、書院の玄関である御輿寄(おこしよせ)を見学。(パンフより)
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杉苔がきれいでした。一枚石の沓脱(くつぬぎ)が置かれています。六人の沓を並べられるとかで「六つの沓脱」というそうです。

この御輿寄を左に見て右に出たところで、最初のスタート地点に戻りました。ゆっくり歩いて1周、1時間10分位だったでしょうか。ご説明もとてもわかりやすかったです。

総面積約6万9千m2余り。
歴史としては、後陽成天皇の弟・八条宮初代智仁(としひと)親王により、宮家の別荘として創建され、二代智忠(としただ)親王の代で、ほぼ今日に見られるような山荘の姿に整えられたそうです。(1600年代)
池泉回遊式庭園。小堀遠州の作庭とされていますが、直接の関与はないという説が有力。遠州の影響を受けた造園師、工匠らと、智仁親王&智忠親王のコラボ?から創り出された美しい庭園のようです。
飛び石を踏んで歩くのですが、どの石もグラグラしていないし、白い玉砂利も、まるで埋め込まれているがごとく敷きつめられています。さすが、よくお手入れされていると感心しました。パーフェクト!
ここで船を浮かべ、お茶室遊び?なんて贅沢なのかしら。タメ息~。(@_@;)

こちら、桂離宮参観受付を出たところの紅葉。
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敷地横を流れる桂川西岸に立つ巨木の黄葉。
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京都駅に戻り、次は東福寺です。
続く
by b_neige | 2014-12-08 18:43 | 京都のお寺 | Comments(0)

京都一日目ラスト 黄檗山萬福寺(2014.12.01 part4)

京都の旅、一日目のラストは黄檗山萬福寺です。禅宗と言えば、鎌倉に多い臨済宗を思い浮かべますが、全国的には曹洞宗のお寺の方が多いそうです。そして、三番目に挙げられるのが江戸時代に伝わった黄檗宗。ここ萬福寺はその黄檗宗の大本山になります。

大きなお寺ですよ。バスの駐車場の関係で、山門からではなく、ヘンな場所?から境内に入りました。
こちらは境内から見た山門。
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大きくて立派ですね。
まず向ったのが、寺の玄関として設けられた天王殿。写真、撮り忘れました。<(_ _)>
布袋尊(弥勒菩薩の化身)・韋駄天像・四天王がお祀りされていました。
布袋尊(ネットからお借りしました)
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そして、韋駄天像。
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こちら、りりしいお姿。
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カメラ、OKでした。

バスガイドさんから、お寺のお坊さんのお話を伺うということで、大雄宝殿(萬福寺のご本堂)へ。
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お坊さんはお話が上手。
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黄檗宗では、毎日誦まれるお経を唐韻で発音するそうです。私たちもよく知っている般若心経を唐韻で誦んで下さったのですが、全く違うお経に聞こえました!鳴り物と一緒に誦むので、節回しがつくのも特徴だとか。とてもよいお声でした。(皆、拍手喝采!)
江戸時代に中国から渡来された隠元禅師の希望により、建造物は中国の明朝洋式そのままを取り入れた異国情緒あふれる伽藍構成。日本では他に例をみないそうです。
お話の後は、大雄宝殿(本堂)を案内して頂きました。
ご本尊は釈迦牟尼仏。両脇侍に阿難、迦葉尊者(お釈迦さまの10大弟子の2人)左右に18羅漢像(中国では16ではなく18)。
山門から一直線に天王殿、大雄宝殿と並んでいるのですが、この先には法堂が見えました。(大雄宝殿から先には進めません)
こちらが法堂。
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法堂正面の欄干ですが、よく見て下さいね。卍くずしの文様だそうです。
お話、そんなに長くなく、飽きるどころか大変おもしろかったです。

このお寺には煎茶文化の拠点、全日本煎茶道連盟の本部も置かれているとか。また、塔頭で予約すれば、普茶料理(中国の精進料理)もいただけるんですって。

さて、5ヶ所のお寺を廻って、京都駅に戻ってきたのは16時過ぎ。それぞれ特徴があるお寺で、バスガイドさんのお話も興味深く、満足できたバスツアーでした。よく考えられたいいコースで、おススメしちゃいます。

ホテルで少し休憩してから、街へ。夜は京豆腐のお料理に舌鼓~。♪
by b_neige | 2014-12-08 07:03 | 京都のお寺 | Comments(0)