比企ヶ谷 妙本寺の梅(2012.03.06 part2)

妙本寺の歴史は大丈夫ですね?(cf : 妙本寺の紅葉 2011.12.13)
そう、悲しい歴史を秘めたお寺です。比企一族、滅亡の地。頼家の妻、嫡子・一幡もここで亡くなっています。
毎回、妙本寺の山門をくぐると、何かしら重苦しい気分になるのは私だけでしょうか。

うっそうとした雑木林を右手に見ながら、参道を進みます。
e0245404_2255130.jpg
いつ訪れても、この閑寂な参道の雰囲気は素敵です。

二天門が大きく見えてきました。屋根には源氏の笹リンドウ紋が光っています。
e0245404_23115119.jpg
e0245404_23164377.jpg
なかなか迫力ある龍です。

祖師堂の向って左手に梅の木が何本か植えられています。大分、見頃になりました。
まずは白梅。
e0245404_2273217.jpg
きれいですね。
右側に植わっている紅梅と一緒に。
e0245404_228197.jpg
e0245404_23184451.jpg
緋梅も見事です。
e0245404_228179.jpg
緑顎梅もあります。バックに祖師堂を入れて。
e0245404_2284214.jpg
薄紅色の梅もきれい。
e0245404_11474985.jpg
白梅と一緒に。
e0245404_2294429.jpg
この一角に、石段があって、上って行くと、頼家の娘で鎌倉幕府第4代将軍・藤原頼経に嫁いだ源媄子(よしこ)=竹御所(たけのごしょ)の墓に通じています。
e0245404_22102025.jpg
*竹御所とは?
<政子死去後、幕府関係者の中で唯一、頼朝の血筋を引く生き残りである竹御所は幕府の権威の象徴として、御家人の尊敬を集め、彼らをまとめる役目を果たした。
第4代将軍藤原頼経に嫁ぎ、4年後に懐妊し、頼朝の血を引く将軍後継者誕生の期待を周囲に抱かせたが、難産の末に男子を死産、本人も33歳で死去した。彼女の死により源頼朝の血筋は完全に断絶した。>ウィキペディアより。
波乱万丈な一生だったようですね。

方丈近くに咲いているピンクの侘介。
e0245404_22104373.jpg
落ち椿。
e0245404_22105677.jpg
妙本寺を参詣すると、ちょっと気持ち辛くなります。
Commented by 花音 at 2012-03-07 14:26 x
国木田独歩の懐古詩にふれ、妙本寺へ。(若かい頃)それ以来訪れていませんが、人影なく静かな印象が残っています。数種の梅が綺麗!落ち椿も風情があり好きです。b_neigeさんの着眼点、いいですね!かまくら寺社特別参拝、13日海蔵寺当選しました。
鳩サブレーも当選し、うれしいです。
8日の長谷寺はどうでしたか?
Commented by b_neige at 2012-03-07 17:22
国木田独歩の「鎌倉妙本寺懐古」
夕日いざよふ妙本寺/法威のあとを弔へば/芙蓉の花の影さびて/我世の末をなげくかな。
法よ、おきてよ、人の子よ/時の力をいかにせん/永劫の神またたきて/金字玉殿いたづらに/懐古の客を誘ふかな。
梢の鳩の歌ふらく/ありし昔も今も尚ほ/夕日いざよふ妙本寺/芙蓉の花の美なるかな。

声に出して読みたい美しい詩ですね。ありがとうございました。

へたくそな写真をお褒めいただき、はずかしい限り。もっと上手に撮れる様、頑張ります。いつもコメント、嬉しく感謝しています。

梅かまくら寺社特別参拝(長谷寺)、当選しました!明日、行ってきます♪
花音さんも、海蔵寺と鳩サブレー、ダブルでおめでとうございます。よかったぁ❤

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by b_neige | 2012-03-07 07:30 | 鎌倉歩き | Comments(2)

フランス語は趣味です。フランス人に日本語を教えていましたが’17.6月より中断中(教師歴14年)。 鎌倉歴はある方に言わせると初心者だそうで...。(汗)


by b_neige(しらゆき)