箱根 芦ノ湖周辺へ―旧街道石畳(2013.07.17 part2)

箱根旧街道とは、江戸から京都までの東海道約500kmのうち、小田原から静岡県三島までの約32kmをいいます。「箱根八里」と呼ばれた難所です。

歩き始めはケンペル・バーニーの碑のところから。
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ドイツの博物学者ケンペルは元禄年間に箱根の美しさを世界に紹介し、イギリス人貿易商バーニーは、箱根の自然保護に尽力しました。
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画像に見えている階段を渡り、先へ進むと、江戸幕府により整備された箱根旧街道石畳に入ります。
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こんなごつごつとした石ころの道です。
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いきなり長い急な坂。表面がつるっとした石もあり、苔も生えていて、すべりやすいので、歩くのは要注意!
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この付近は江戸時代の東海道が鎌倉時代の東海道と交わっている場所と考えられているんですって。
鎌倉時代の東海道は・・・湯坂路と呼ばれ、尾根道を通る道。ここら辺りから箱根峠を経て三島方面へ。また小田原方面へは、鷹ノ巣山、湯坂山を越えて行く道でした。
江戸時代の東海道は・・・須雲川に沿った谷間の道。(だから雨が降ると、ぬかるんで余計難儀だったそうです)
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この江戸時代の東海道、整備した当初は、ぬかるみ解消のため、箱根に群生するハコネダケという細竹を毎年敷き詰めていたとか。それに大変な費用と労力を要したため、延宝8年(1680年)、石畳の道になりました。江戸時代末期、14代将軍・徳川家茂が京都に上洛する際(=和宮内親王が降嫁されるにあたり)、全面的に改修されたということです。

途中の箱根の森展望広場からの下二子山の遠望。
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もう一つ、上二子山の遠望。
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二子山は箱根の火山活動のうち一番最後に出来たものだそうです。(山頂付近に天然記念物のハコネコメツツジを主体にした植物群落があり、現在は自然保護のため入山禁止)

再び石畳に戻って、いくつかの坂を超えます。
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元箱根から徒歩1時間ほどでしょうか。上り下りが続く石畳の道。やっと、甘酒茶屋まで○○mという標識が出てきました。もうすぐのよう。
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甘酒茶屋は江戸時代から続く(400年以上。現在は12代目!の店主)老舗。

店内には、神崎与五郎詫証文の説明書きが。
江戸時代、赤穂浪士の一人、神崎与五郎が吉良邸討ち入りに向かう途中、ここで馬子にいいがかりをつけられるも、大事の前であったため、屈辱に耐え、馬子に詫証文を書いた一件。忠臣蔵「甘酒茶屋」のくだりに出てきます。(事実は違うようですが。。。)

江戸時代の旅人さながら?、やれやれと一服しました。
お店の中から。
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外観はこんな感じ。
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屋根は杉皮葺き。

甘酒、いただきたかったのですが、暑い中歩いてきたので、ちょっとねぇ。。。(>_<)
美味しい薬草茶に主人はところてん、私は備中炭で焼いたごまきな粉餅、いただきました~。
ここで3時半。急に曇ってきてポツポツ降りだしそうになってきたので、散策終了~。
お玉ヶ池の方にも廻ってみたかったのですが、またいつかの機会ということで、無理はしません。

ここのアジサイもまだ見頃でした。
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ちょうど来たバスで元箱根まで引き返し、関所あたりをブラブラ。雨は幸運にもどこかに行ってくれたようです。♫
by b_neige | 2013-07-20 07:06 | 旅行 | Comments(0)
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