聖徳太子は日本における仏教興隆の祖です(2018.07.31)

もう一昨日のことになりますが、甲子園に向けての東東京大会決勝で、惜しくも我が母校都立小山台高校は3-6で二松学舎に敗れました。
残念でした。それにしても、あの激戦区を勝ち上がり、決勝戦まで駒を進めたというのは、やはり運だけではないと思います。
いつの間に、それ程までの強豪校になったのかしらん。
びっくりでしたが、この敗戦を是非、次への糧としてもらいたいものです。
体力、体格差を技術でカバーし、運も味方に!!目指せ「甲子園」。

そして、昨日、北神奈川大会決勝では、慶應義塾高校が甲子園出場を決めてくれました!
10年ぶり。息子達がお世話になった社中ということもあり、応援しています。(^-^)

さて、ここからが今日のレポート。
鎌倉には浄土真宗のお寺は一つしかありません。北鎌倉の成福寺です。
そして、びっくりしたことに、なんと当ブログにこのお寺のレポートがないんです。
どうして??もちろん参拝したことありますよ。笠智衆さんのお墓があるお寺になります。
韮山の成福寺のレポートはあるんですけどねぇ~。不思議。

浄土真宗といえば親鸞さんです。
親鸞は聖徳太子を尊崇していました。それ故、浄土真宗のお寺には聖徳太子像がお祀りされているのだと思っていました。
でも、考えて見ると、聖徳太子って、日本に仏教を興隆させた祖とも言えますよね。
曽我氏と共に、仏教反対派の物部氏を破ったのですから。→ 丁未(ていび)の乱=物部守屋の変
鎌倉時代には、こうして仏教を容認させた聖徳太子への信仰が流行し、宗派を問わず様々な太子像が造られたそうです。
ちなみに成福寺の聖徳太子像は16歳の孝養(きょうよう)太子像です。
(父・用明天皇の病気平癒を祈る姿で、袈裟と柄香炉を持ちます。鎌倉後期作で像高58cm 親鸞7太子の一人)
聖徳太子絡みでは、鎌倉の天台宗のお寺、宝戒寺には聖徳太子堂があり、太子の2歳南無仏像がお祀りされています。

聖徳太子が、工芸技能者を尊重し、保護したことから、職人の守護神として崇敬されて、現在でも、全国津々浦々で「太子講」が行われているのは、皆さんもご存知ですよね。

ところで、ひょんなことから、戸塚区柏尾の成正寺(浄土真宗)を知りました。江戸時代のお寺だとばかり思っていたら、前身は、鎌倉時代のお寺・天台宗柏尾山法萬寺というのだそうです。
創建は、貞応元年(1222)夏の頃で、その折、聖徳太子ご自作の16歳物部守屋退治の尊像を守り、領主斉藤武蔵守秀周の兄、斉藤兵部尉入道成正の守り本尊である「薬師如来」を本尊としたと。
法萬寺の開山は、領主斉藤氏の伯父・法印海順大阿闍梨。15世の覚順の代、浄土真宗本願寺の第8代連如上人が関東へ下向され、その折、天台宗を改め浄土真宗に改宗しました。
上人より「東谷山」、また法萬寺開基の斉藤成正の名から「成正寺」。ご本尊も「阿弥陀如来」へ。

成正寺には、今でも室町時代と伝わる聖徳太子孝養像が祀られています。かなり傷みが激しく尊容を損ねているとのことですが、拝観してみたいものです。
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by b_neige | 2018-07-31 14:49 | 横浜歩き | Comments(0)

フランス語は趣味です。フランス人に日本語を教えていましたが’17.6月より中断中(教師歴14年)。 鎌倉歴はある方に言わせると初心者だそうで...。(汗)


by b_neige(しらゆき)