戸塚区柏尾町の浄土真宗本願寺派成正寺(2018.08.19)

このお寺、最初は江戸時代創建のお寺と思ってたんです。
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でも、調べてみると、前身のお寺は、なんと鎌倉時代の創建。
開山は法印海順阿闍梨(当地領主斎藤武蔵守秀周の伯父、秀周は源頼朝の御家来)。
(戸塚の寺院誌より)*武蔵守というのが気になりますが...。
開基は秀周の兄である斎藤兵部尉入道成正。
聖徳太子ご自作の十六歳守屋退治のご尊像を祀り、また入道成正の守り本尊である薬師如来をご本尊としたとありました。
前身の寺の名称は「天台宗柏尾山法萬寺」。*「天台宗」に注目!

建立の場所は現在地ではなく、柏尾谷戸大池の東南奥で、つい最近まで「法萬寺谷戸」とか「法萬寺屋敷」と伝えられていたところだそうです。
今の柏尾小学校の北側辺りでしょうか。

面白いのは、ここから。
建武元年(1334)、護良親王が鎌倉に捕らわれの身になった時、天台宗比叡山の座主は、法印長勧を関東に下し、親王救出のため当寺に忍び居らせていたと。
親王は、建武2年(1335)7月、斬首となり、親王の側近がひそかに御首を奪って、近くの井戸(=首洗いの井戸)で洗い清め、弔ったと伝わります。
その場所が今の王子神社。
その折に、この成正寺も再建し、親王の尊像を彫刻し安置していたそうです。(のちに焼失)

第15世覚順の代に、浄土真宗本願寺派第8代蓮如上人が関東に下向され、改宗。
蓮如上人より、地名をとって東谷山成正(法萬寺開基)寺と賜ったそうです。
→ご本尊は阿弥陀如来に。
法萬寺のご本尊であった薬師如来は、覚順の弟、柏善禅師が柏尾山善念寺を開いて、お祀りしていたものの、廃寺となり、現在はこの成正寺に薬師堂を建立し安置されています。

成正寺は貞享3年(1686)と明治13年に火災により、ことごとく堂宇焼失。明治15年に仮本堂が復興し、昭和37年になって本堂再建の運びとなりました。

成正寺も、やはり護良親王ゆかりの寺だったようで。ふ~む、面白いです!
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by b_neige | 2018-08-19 07:23 | かながわ散策 | Comments(0)

フランス語は趣味です。フランス人に日本語を教えていましたが’17.6月より中断中(教師歴14年)。 鎌倉歴はある方に言わせると初心者だそうで...。(汗)


by b_neige(しらゆき)