日向薬師の金剛力士像(2018.09.23)

花音さんからのご指摘で(コメント欄)、こちら、高野槙じゃなくてイヌマキって、訂正します。<(_ _)>
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この面白い形の実、実は一つだけ赤く熟しているのがあって、口にしてみました。
食べられましたけど、何のお味もしなかったような…。(^^ゞ

日陰道はバス停「高橋」下車です。バス停から5mほど歩くと、日陰道っていう標識があります。アスファルトの舗装道から細い径に入っていく箇所だけ、少し分かりにくかったですが、あとは多分大丈夫かと。
秋が進むとあの辺りではみかん狩りも出来るようだし、お楽しみですね!(^^)/

さて、日向薬師の仁王さまの話題を一つ。
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日向薬師の仁王さまは火災により焼失してしまったのですが、江戸時代末の天保4年(1833)再興されました。
仏師はね、鎌倉扇ガ谷の仏師、後藤真慶(しんけい)です!つまり鎌倉彫の後藤家のご先祖さまってこと。

頼朝公が幕府を開き、日本の武家政権の中心地であった鎌倉。多くの神社仏閣が建立されましたよね。扇ガ谷の寿福寺の前辺りには仏師たちの集団が住み着き、仏所を形成していたそうです。
そう言えば、寿福寺の裏、正宗の刃稲荷ってありますよね。あの左側に運慶屋敷もあったそうですよ。
横須賀線の手前には後藤家のお屋敷があって、鎌倉彫再興の碑が立ってますけど、往時は向かいに、三橋家がお住まいだったとか。伊沢家、加納家などもあったそうですが、幕府が滅び、都が京都へ移るにつれて、次第に衰え、江戸時代終わりには後藤家・三橋家のニ家を残すのみになってしまったそうです。

鎌倉彫って言ったら、鎌倉仏師ですけど、明治の廃仏毀釈のあおりを受けて、大変な打撃を受けましたよね。明治以降、仏像の造立や修理、仏具、茶道具だけをになうのではなく、工芸家として、新しい伝統工芸「鎌倉彫」を興隆させていく、ということで、なみなみならぬご苦労があったと思います。
鎌倉彫資料館(鎌倉彫会館3F)には室町時代から近世までのさまざまな鎌倉彫りの作品が置かれています。
後藤家はダイナミックな彫り、三橋家は緻密で繊細な彫り、それぞれ特徴があります。
そして、時代に合わせて、どんどん進化してるんです。この間、びっくりしたばかり。
cf : 残暑がほとほと堪える一日でした(2018.08.30)
皆さんも、宜しかったら、あの資料館一度是非見学してみて下さいね。1Fのカフェguriの領収書で割引になります。
*guriって、鎌倉彫の代表的文様=渦巻き=屈輪文から。ご存知でした??
by b_neige | 2018-09-23 07:57 | 鎌倉歩き | Comments(2)
Commented by ぽっきゅる at 2018-09-24 11:44 x
実の食レポありがとうございます
秋は食べたいな…大丈夫かな?な実の誘惑多いですよね
ずっと気になっているのは「チガヤ」
甘いらしいのですが(`・ω・´)
Commented by b_neige at 2018-09-25 01:02
遅い時間にこんばんは。
実の食レポ?(笑)(笑)
「チガヤ」、覚えました!ありがとう。
私も気にしてみますね。
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