人気ブログランキング |

小坪という場所(2018.10.06)

今年は本当に台風が多い年です。
関東地方はどうやら今回、台風25号の影響は免れたようで、何よりと思います。
鎌倉は、海街なので、台風の大風と塩害には弱いですね。先週の24号で、駅前の銀杏は茶色くチリチリになってますし、段葛の桜の葉も紅葉する前に散ってしまいました。
こんな状態は、このブログを始めた2011年以来かな。
cf : 台風15号によるダメージ(2011.10.03 part2)

ここ数日は来週火曜日に迫った小坪ガイドの勉強に追われていますぅ。(汗)
でも明日は鶴岡八幡宮の崇敬者大祭で流鏑馬見学の予定。但し、そんな訳で、ご紹介するレポートは少し先になるかと...。<(_ _)>

小坪という名称は、浜の周りを小高い丘陵が取り囲んで、小さな窪地みたいになっていることから、そんな風に呼ばれたんですって。吾妻鏡には、小窪とか、小坪、小壺って出てきます。

鎌倉時代には東国の大都市となった鎌倉の生活を支える漁業の村だったんですよ。
ほら、鎌倉大町には鎌倉七座、町屋があったそうですが、大町大路と小町大路が交わる現在の大町四つ角の先、魚町橋ってご存知でしょう?
あの辺りに魚町市場とかあって、この小坪で獲れた魚を出荷していた記録が残っているそうです。
また、1250年頃にはこの小坪にも魚座が開設されていたのだとか。漁港として賑わっていたんですね。伊勢、志摩、遠くは九州日向から大勢の漁師さんや海女さんが移り住んできたということです。
小坪の浜には、その漁師さん達の出身地ごとに?、南町、伊勢町、中里、西町という集落が生まれ、それぞれに一寺一社が出来たんだとか。面白いですよね。

こちらは、中里の小坪寺(しょうへいじ)といいます。
e0245404_1494726.jpg
浄土宗のお寺。実は、明治40年にこのお寺の前身となる報身院と香蔵寺(共に浄土宗)という隣り合う二つのお寺が火災で焼失してしまい、同43年に鎌倉高徳院の行念上人が開山となって二寺を合併し、新たに小坪寺として創建したのだとか。
当初は円覚寺の塔頭を譲り受け、本堂としたのですが、大正12年の関東大震災で被災。現在のお堂は、材木座光明寺の一切経のお堂=経堂を貰い受けて再建したそうです。
水引虹梁の両端の彫り物が可愛らしいんです。
向かって右側と、
e0245404_14184176.jpg
左側です。
e0245404_1418533.jpg
亀が見え隠れしてます。漁師町にぴったりでしょう?
庫裡の玄関にも、ほら、
e0245404_14191066.jpg
亀と龍。
「小坪海岸」、昔は鷺浦と呼ばれ、白浜が続いて鷺が舞う、そんな風光明媚な場所だったそうです。
Commented by 花音 at 2018-10-07 21:57 x
こつぼ を しょうへい と 読む そうでしたか!
この、彫刻は一見の価値ありですね。
亀も珍しい!
Commented by b_neige at 2018-10-08 22:51
明日は小坪のガイド本番です。
お天気はまぁまぁのよう。
のどかな漁師町を歩いてきますね。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by b_neige | 2018-10-06 16:05 | 鎌倉歩き | Comments(2)

フランス語は趣味です。フランス人に日本語を教えていましたが’17.6月より中断中(教師歴14年)。 鎌倉歴はある方に言わせると初心者だそうで...。(汗)


by b_neige(しらゆき)