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2017年 大晦日(2017.12.31)

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(古知屋恵子さんの版画)
瞬く間に日が経ち、2017年も暮れていきます。
ガイド協会に入会した最初の年。ガイドの準備に追われる毎日でした。一つ終わると、また違うガイド。
これが下地になっていればいいんですけど、何故かすぐ忘れてしまうんですよ。
脳の容量が小さすぎるのかしらね。ほんと困りもの。
来年もう少しゆとりが出来たら、今年結局出来なかったことにもチャレンジしたいです。

実家の母も気になるところですが、なんとか対応していきますよ。楽しくね。

今年もブログを応援いただき、ありがとうございました。
先日、ブログ小休止とお伝えしたのに、性懲りもなく続けています。(笑)
ブログも趣味になったのかしらん??(笑)
来年も気長にお付き合いいただければ幸いです。
2018年が皆さまにとって、きらりと光る一年になりますように。
どうぞ佳いお年をお迎え下さい。

大晦日、雨マークが消えて、さて、私は、どこで鐘撞き??

by b_neige | 2017-12-31 07:19 | その他 | Comments(0)

仏像の勉強3 観音菩薩さま(2017.12.29)

日本では古くから信仰されている仏さまです。
観世音菩薩または、観自在菩薩ともいわれます。般若心経の中では「観自在菩薩」ですよね。救世(くせ、ぐせ)菩薩など多数の別名があるそうです。救世菩薩=観音さまだったとは…。(汗)

西国三十三観音霊場って、ご存知ですよね。そもそも33とは、観音菩薩さまが衆生をお救いくださる時、33の姿に変化するという信仰に由来します。33ヶ所の霊場を巡り参拝することで、極楽往生出来るとされているんです。
最初に西国33箇所、そして、関東では、鎌倉時代に坂東33箇所、のちには秩父34箇所が出来、日本百観音と言われるようになりました。

さて、そんな観音菩薩さまですが、どんなお姿に変身しても基本的に変わらない特徴が一つあるそうです。それは、頭の上や宝冠に小さな阿弥陀如来(化仏けぶつ)をのせていること。
観音菩薩であることを示す最大のポイントとか。
ただ、化仏をのせてらしたら、絶対観音さまですけど、のせてらっしゃらない場合も多いように思うんです。

観音菩薩さまは、単独で祀られる他、阿弥陀さまの脇侍としてお祀りされます(=阿弥陀三尊、観音さまは向かって右側)
こちら、浄光明寺の観音菩薩さま。(鎌倉みほとけ巡礼より)
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十二所の光触寺の観音菩薩さま。(鎌倉みほとけ巡礼より)
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いずれも化仏はのせてらっしゃいません。
(持物は蓮台でしょうか。蓮華や水瓶を持たれることが多いようです)

こちらは、東慶寺の聖観音菩薩さまと、
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(鎌倉みほとけ巡礼より)そして、ご存知、大船観音寺の観音さま。
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こちらは化仏あり。

う~ん、一筋縄ではいきませんね。難しい。
そもそも、阿弥陀三尊、釈迦三尊、薬師三尊の形でお祀りされる時、脇侍のそれぞれの菩薩さまって、左右対称のように思えます。ほんとに見極め、難しいです。

最後に、観音菩薩さまのご利益ですけど、嬉しい現世利益でございます!

by b_neige | 2017-12-29 08:54 | 鎌倉歩き | Comments(2)

永安寺址の碑→瑞泉寺(2-017.12.25)

瑞泉寺の前に立ち寄ったのが、「永安寺址の碑」。
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この碑については、以前にご紹介しましたね。
永享の乱で足利持氏は、このお寺で自刃したと伝わります。
cf : 永安寺址の碑(2016.05.23)
碑の前に置かれたものは、植物を冬の寒さから養生する囲い。ゴミじゃありません。念のため~。
紅葉が一部残っていました。

永安寺には三重塔があって、持氏の正室やら女官やらが籠もっていたそうですが、火攻めにされ、凄惨な最期を遂げられたと聞きました。
それで、もしかして、この岩の残骸がその三重塔の礎石では、ということで、一応写真撮った次第。
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山側にそのままに放置されています。確かに加工された石材のように思いましたけど、果たして…??

はい、瑞泉寺到着。
下の境内から上の境内の仏殿が屋根のみ、ちらりと見えます。
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ちょうど、陽が当っています。
こちらは、石段手前のアオキの実。
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時折、達磨形の実があるということで、「達磨の木」という別名もあるんだそうです。

石段は、まだまだ秋色、素敵な風情。
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山門にかかる瑞泉蘭若の扁額です。
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蘭若の扁額は日本でここだけだそうで。
蘭若=梵語でここは静寂で修業に適しているということ。

そして、鐘楼の脇からは、富士山(のテッペン)をわずかに望むことが出来ました。
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写真じゃ無理でしたけど、肉眼では、〇の中に確かに富士山のテッペン、確認出来たんですよ。
徧界一覧亭からじゃないと富士山は無理と思っていました。ちゃんとビューポイントあったんですね。知らなかった~。

鐘楼の辺りで、安国利生塔やら、むじな塚やらのご説明を伺いました。
こちらはね、六地蔵が周りに配されているでしょう?
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元々は石幢(せきどう)だったと考えられるんだそうです。後に燈篭になったようで。円覚寺黄梅院には、正真正銘の石幢が置かれているんですって。今度、ちゃんと確認してみますね。

仏殿にお参りして、
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後ろの夢窓疎石による岩庭を見学。大きな岩盤を穿って造りだした岩庭。
永福寺の浄土式庭園、池の周りを歩いて楽しむ庭園から、今度は坐って一ヶ所から眺める禅宗の庭園へ。違いがわかりますね。
そうそう、無量寺谷にあった岩庭は、この瑞泉寺のより、70年ほど古いそうですが、同じように一つの岩盤を穿って造りだしています。瑞泉寺のこの庭は夢窓国師の作庭ということですが、そのような流れが既にあったということですね。→書院庭園へのさきがけ。

今は18曲りは歩けるようになっていませんけど、いつか機会があれば、そこを経由して徧界一覧亭へと上ってみたいです。(真正面が富士山だそうで)幹事さんにお願いしておきました!

大佛次郎氏のエッセイの中に、この徧界一覧亭でダイヤモンド富士を楽しんだという下りがあります。-大佛次郎エッセイコレクション2「人間と文明を考える」(小学館刊)

〇〇先生の◇◇の会、今年はこれにてお開きでした。
by b_neige | 2017-12-27 18:24 | 〇〇先生の会 | Comments(0)

鎌倉宮→永福寺跡へ(2017.12.25)

鎌倉宮を出て永福寺方面へ。
こちらは、鎌倉宮を出た辺りに立つ石標。
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ちょっとアップにしてみますよ。
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左 北条家御一門なにやらとありますね。これは、偏界一覧亭後方にある北条家の首やぐらのことですって。
これまでちっとも気がつかず…。(どこ見て歩いているのやら)

紅葉の名残が。
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こちらは、脇から眺めた鎌倉宮神苑の最後の紅葉。
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今年も暮れて往きますね。

途中、四ツ石という地名が残る場所を教えてもらいました。少し前までは標識があったらしいのですが、今はそれらしきものは何も。

青空、清々しい空気に満ちていた永福寺跡。
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ほぼ一周しました。
鎌倉のお寺は谷戸に建てられているので、細長い伽藍が普通ですけれど、このお寺だけは、中央に二階大堂、その右に薬師堂、左(手前)に阿弥陀堂と3つの大きなお堂が横一直線に並ぶ伽藍配置。そして、その前には浄土式庭園が広がります。池泉回遊式庭園です。
源頼朝公が義経&奥州藤原泰衡らの供養のため建立したお寺。でも、最初はそうでも、結果的に、花見をしたり、蹴鞠、酒宴、歌会、雪見等、迎賓館的役割を果たしたお寺です。さぞかし、華麗壮大な寺院だったんでしょうね。
基盤と池のみの復元。せめて、もう少し桜の木を植林しなくっちゃと思います。

では、通玄橋を渡って、
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瑞泉寺へ。この橋を渡っただけで、大分冷えてきました。奥深い谷戸はひんやりしています。
by b_neige | 2017-12-26 19:43 | 〇〇先生の会 | Comments(0)

鎌倉宮鳥居前の河津桜と紅葉の碑(2017.12.25)

25日は〇〇先生の会でした。
実は△△先生の会というのが別口であるんですけど、そちらは、散策なし。もっぱらお話を伺う会。こちらは、〇〇先生とご一緒に鎌倉を歩く「◇◇の会」でして…。ややこしいですね、どうも。(^^ゞ

遅ればせながらメリークリスマス。☆☆
ということで、久しぶりの鎌倉散策、10時に大塔宮集合でした。
ちなみに、大鳥居前の河津桜は左側、既に満開。
どうぞご覧下さい。
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左側はまさに最盛期でしたけど、右側は陰になるのでしょう。まだまだこれから。左右合わせて花期は長いですね。

さて、鎌倉宮で伺ったお話は、この碑についてのみでした。
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まだ、このブログではご紹介してませんでしたね。
この碑は紅葉の碑と言います。後ろの紅葉、既に終わっていてごめんなさい。<(_ _)>
以前、史跡めぐり下見の折、先輩ガイドさんに教えていただいたっけ。
(ですから、既に知っていた碑になります)

こちらアップで。
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なかなか記されている文字が読み難いんですよ。

鹿島萬兵衛(かじままんべえ)という方が77歳に成られた折、そのお祝いに、鎌倉に秋色が乏しいというので、紅葉を千株、鎌倉宮と鶴岡八幡宮に植えたということが記されています。

鹿島萬兵衛は嘉永2年(1849)に江戸堀江町に生まれました。
父は日本紡績業会の先達。萬兵衛は父とともに維新期の通商業会に活躍、北海道の開拓事業に携わり、海産物の製造・販売に従事するなど多方面に活躍しました。明治20年には、函館に日本昆布会社を設立。明治22年には、東京紡績会社取締役となりました。対清貿易を中心に活動を行って、大正期には台湾高雄に製材所を設立しています。昭和3年没

碑は日蓮宗研究家の田中智学によるもので大正14年11月吉蓂(きちみょう)とあります。
蓂は「こよみぐさ」のことだそうです。

田中智学氏と鹿島萬兵衛翁は面識はなかったそうですが、その風流に共鳴されたそうで。

それでは、次の場所、永福寺跡へ向かいます。
by b_neige | 2017-12-25 17:16 | 〇〇先生の会 | Comments(0)

華厳経と善財童子(2017.12.23)

華厳経に登場する善財童子は、インドの長者の子どもです。裕福な暮らしを送っていましたが、あるとき、仏教に目覚め、文殊菩薩の勧めにより、様々な指導者(=善知識)53人を訪ね歩きます。その中には、比丘(=正式な男性出家修行者)や比丘尼(=正式な女性出家修行者)の他、外道(仏教徒以外の者)、遊女と思われる女性、童男、童女も含まれていましたが、善財童子は先入観持つことなく謙虚に教えを乞い、最後に普賢菩薩に出会って、西方の阿弥陀浄土往生を願われたそうです。

東海道五十三次はこれによっていると言われます。(53という数字)
(ただ、53人は数え方によって54人とも55人ともされる)

それでは、奈良の阿倍文殊院の善財童子をご紹介します。
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阿倍文殊院の文殊菩薩さまは先日ご紹介済み。
cf : 仏像の勉強1 文殊菩薩さま(2017.12.17)
文殊さまの向かって右側においでになるでしょう?
実は、この文殊さま(=渡海文殊)は4人の脇侍を伴っているんです。(5像すべてが国宝)
鎌倉時代・建仁3年(1203年)造立 快慶作
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阿倍文殊院の本山である東大寺の大仏再造立の折、大仏殿再建の象徴として、総責任者・重源上人の念持仏でもあった文殊さまを(平安時代から東大寺の別格本山だった阿倍文殊院に)造立することで、東大寺総供養とされたと考えられているそうです。
如何ですか、この善財童子さん、可愛らしいお姿でしょう?

おまけで、もうお一人の善財童子(同じく奈良・西大寺)さんをご紹介。
文殊菩薩騎獅像 四侍者像  鎌倉時代 (重要文化財)
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向かって右手前がそうです。
こちらははがきから
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めちゃくちゃ可愛いですよね。灰谷健次郎氏の「兎の眼」に登場する有名な童子です。

早く東京にお越し頂きたい!!
と思ったのですが、な、なんと今年、東京日本橋の三井記念美術館で開催された「特別展 創建1250年記念 奈良 西大寺展~叡尊と一門の名宝~」4/15~6/11においでになっていたそうなんですぅ。
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情報不足ですね。がっくり~×100 (>_<)
by b_neige | 2017-12-23 07:47 | 鎌倉歩き | Comments(2)

鎌倉生まれの桜 普賢象(鎌倉桜)(2017.12.21)

材木座海岸に河口を持つ豆腐川の上流には普賢象山というポコンとした山があって、鎌倉時代、そこには普賢菩薩がお祀りされていたお堂があったそうです。→普賢堂
その前にあった桜の名木を普賢堂桜と呼んだのがそもそもの始まり。
後に、その桜の花の中心にある二枚の緑の葉?が外側に曲がっている様が、普賢菩薩が乗っている白象の鼻に似ているということで、普賢象桜と呼ばれるようになったという、そんな由来を持つ桜。
大船フラワーセンターで見たことがあります。
ブログ内検索してみました~。
cf:ウォークの後の大船植物園-八重桜その他(2016.04.19)
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これ以外では、残念ながら花期ではなかったですけど、道路に面した、市営地下鉄「弘明寺」駅付近の横浜国大の敷地内で見かけたことあります。
八重桜。
ちょっとアップにしてみますね。
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判りにく~い。( ˘•ω•˘ )
ちょっとウィキペディアからお借りしました。
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花の中央にある突起(これは葉??)が白象の鼻ねぇ。。。牙という説もあるようで。

材木座は和賀江嶋の発展と共に、交易の中心地でした。園芸の技術が伝わり、多くの武家屋敷の庭を彩る樹木として桜が喜ばれたのだと思います。廃寺になった永福寺、勝長寿院しかり。花見が行われています。

普賢象桜は、桐ヶ谷桜(=御車返し、一重八重咲き分け)と共に、室町時代、京都で鎌倉桜として珍重されたそうです。

*今の普賢象桜そのものが鎌倉時代の普賢象桜ではないと思います。花の変遷があって、今の普賢象桜の花になっているのだと。とすると、やはり、鎌倉時代には花の中心の突起(=葉)はやはり象の鼻状だったのかも???
by b_neige | 2017-12-21 16:19 | 鎌倉歩き | Comments(4)

仏像の勉強2 普賢菩薩さま(2017.12.19)

お釈迦様の左右に脇侍としてお祀りされる仏さまは、文殊菩薩さま(向かって右)と普賢菩薩様(向かって左)。
文殊菩薩は智慧のシンボルですけど、普賢菩薩は修業のシンボル。お二人共に、悟りに至る能力を持ちながらも、あえて悟りに至らず、お釈迦様のサポートに徹しているんです。
また、釈迦三尊という形でお祀りされている場合、お釈迦様のようになるためには、智慧と修業が不可欠という意味もあるそうです。→知行一致(ちぎょういっち)

普賢菩薩さまの特徴は、一般的にお手には何も持たず、合掌してらっしゃいます。
(持物がある場合は、三鈷杵(さんこしょ)や三鈷鈴(さんこれい)など)
文殊菩薩さまが獅子に乗られるのに対し、普賢菩薩さまは牙が6本ある象に乗ります。(=布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧という6つの修業)

こちら、国宝 普賢菩薩騎象像 平安時代・12世紀(大倉集古館)
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この象には牙が6本あるのでしょうか??

それから、普賢菩薩さまには、眷属と呼ぶ部下がいます。10人もいるんですよ。十羅刹女(じゅうらせつにょ)といいます。
鎌倉のお寺で十羅刹女を拝見したのは、材木座の実相寺で。
もともとは古代インド神話に登場する鬼で人を喰うなどの悪事を働いていたんだそうですが(鬼子母神と同様)、仏道に入って普賢菩薩さまに従うようになったのだとか。
この十羅刹女のお陰で、邪気が祓われるそうです。

※ 法華経では、女性の救済を説いています。普賢菩薩が女性も悟りに至れると宣言しているそうで、女性からの信仰を多く集める仏さまでもあります。
by b_neige | 2017-12-19 22:27 | 鎌倉歩き | Comments(0)

仏像の勉強1 文殊菩薩さま(2017.12.17)

こちら、極楽寺の文殊菩薩坐像になります。(仏像のキホン-鎌倉国宝館から)
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この仏さま、昨年の金沢文庫の特別展で拝見したことあります。(持物はありませんでしたけど)
cf : 金沢文庫 生誕800年記念 特別展「忍性菩薩 関東興律750年」(2016.11.13)

5つの髻(もとどり)を結う文殊菩薩さま。
文殊菩薩の場合、仏像として造られる場合は、髻の数は一つ、もしくはこのように小さい団子状の髻を五つ結っていることが多いそうです。
故に、髻の数が五つだったら、まず文殊菩薩さまということ。
また、文殊菩薩さまは持物(じもつ)として、剣とお経を手にされています。お経はこちらの仏さまは直に持ってらっしゃいますけど、お手に蓮台をのせ、その上にお経がのせられている場合もあるそうです。
つまり、持物でも、文殊菩薩さまと判別できるわけ。
更に、文殊菩薩さまは台座として獅子に乗ることが多いとか。「獅子」です。「象」じゃありません。
ちなみに、こちら、奈良の阿倍文殊院のご本尊「騎獅文殊菩薩像」。鎌倉時代 国宝
高さ7m(日本最大)(HPからお借りしました)
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ただし、持物は剣と蓮華。(どうしてお経じゃないのかな??)

文殊菩薩さまは智慧の仏さまです。智慧=知恵じゃありません。頭のよさではなく、人としての真理、愛とか思いやりにあふれ、善悪を見極める力が優れている仏さま。
お釈迦様の脇侍のお一人(向かって右側)でもあります。
by b_neige | 2017-12-17 21:11 | 鎌倉歩き | Comments(2)

早速投稿(^^ゞ 映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」(2017.12.11)

映画鑑賞で息抜きしてきました~。
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映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」です。

感想としては、ちょっと想定外だったかな。鎌倉、出てこないじゃんって。(笑)
ちょっとは登場しましたよ。大仏さまとか、浄智寺外門辺りとか極楽寺駅付近、和田塚駅とか。
でもねぇ…。
ヒロインが転んで魂が抜けてしまった石段があるんですけど、あれは何処なのかしら??
映画のエンディングでロケ協力のところに海蔵寺ってあったんですよ。何処が出てたかなぁ?やぐらとか??

鎌倉って、不思議なことが起こっても頷ける土地柄ってところ、面白いです。
先日ご紹介した集英社文庫の「鎌倉ふしぎ話」を思い出して、そうなのよねぇと心の中で相槌を打ちました。
でも、極楽寺辺りの市場!?とか、後半のVFX部分なんか、「千と千尋の神隠し」風??で、これはありなんだろうかって、別にストーリーが似ている訳じゃないんですけど、それを彷彿させるような、影響は受けてるよねってそんな感じ。

主人公とヒロインが平安時代から?夫婦だったという下り、あれでDESTINYなのかなぁ、別にDESTINYって冠つけなくてもよかったと思うんですけどね。
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堺雅人さん、高畑充希さん、それに豪華な脇役陣、主題歌の宇多田ヒカルさん、これで当らなかったらどうするっていう映画。個人的には、貧乏神さんのエピソードがよかったです。

それと、きっともう一度観たら分かるかもしれないんですけど、市場でヒロインが手にとったもので、これ買おうなんて言ってたものが最後のエンディングに流れているものだったのかな??何気なく描かれているものが後でキーアイテムになっています。要注意!

楽しかったです。主人は苦手って。でも、ちゃんと起きて観てましたよ。(笑)
by b_neige | 2017-12-14 07:09 | 映画 | Comments(0)