大町大くにさんの苺大福(2018.04.15)

実は明日は4月の史跡めぐり、ガイド本番です。なのに雨の予報。
夜間に全部降って、明朝はからりと晴れていて欲しいものです、なんとか。。。

ガイドの準備もあって、ブログ更新が滞って、申し訳ない限り。
この大町大くにさんの苺大福で勘弁してください。
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苺大福は季節限定商品、絶対、シーズンに一度は買います。
中に入ってる苺、素晴らしく大きく、甘~いんです。お気に入り。♪♪
# by b_neige | 2018-04-17 19:24 | 鎌倉歩き | Comments(0)

材木座、補陀洛寺の平家の赤旗(2018.04.13)

以前にコメント欄でお馴染みの花音さんに、材木座の補陀洛寺には平家の赤旗があって、鎌倉まつりからゴールデンウィークにかけて見せていただけるって、教えていただいたことがありました。
いつだったか忘れたほど昔だったような。。。(^^ゞ

補陀洛寺は知ってますけれど、その平家の赤旗を今年こそ、この目でと、ほんとに鎌倉歩きしてて何年目になるのかしら、やっと、やっと行ってきました。

こちらは、補陀洛寺の山門前にある源頼朝公御祈願所南向山補陀洛寺と記された石標です。
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銘は貞享(じょうきょう)2年(1685)。
お寺自体は1181年(養和元年)、源頼朝公が平家調伏のために創建、開山は文覚上人になります。
真言宗のお寺。
海に近いからでしょうね、竜巻寺とも呼ばれまして、長い歴史の中で度々竜巻や火災にあって、その度に被害を受けたお寺でもあります。

こちらがご本堂。
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扉は開扉されてないのですが(ガラス戸)、お賽銭箱のところから、ちょっと中が覗えます。
まずは、そこでお参りして、それから玄関にまわって、ピンポーン。(どなたも坐ってらっしゃらなかったので)
平家の赤旗のこと、お尋ねして、お堂の中に入れていただきました。

写真撮影OKでしたので、ご本堂仏間に置かれた平家の赤旗、ご紹介します。
(画像では拝見したことありましたけど、実物は初めて)照明の反射、ごめんなさい。<(_ _)>
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説明が添えられてありました。
平宗盛公が持っていたもの。頼朝公からこの補陀洛寺に奉納された経緯が。
素材は竹と麻で織られた「竹布」だそうです。
明治の終わり、瀬戸内海地方で疫病が流行し、平家の祟りと噂され、鎌倉の赤旗を煎じて飲めば治ると広まって、多くの人がちぎり、持ち帰ったという歴史があるのだとか。
面白い!
旗の文字は「九萬八千軍神」。伝、平清盛筆。清盛公、いつ、どんな気持ちでこれを書かれたのかしらね。
その左横の額は、源頼朝公奉納の卓圍(テーブルクロスのようなもの)。はっきりどんな文様か判りませんけど、凝った意匠に驚きます。

仏間の上段には弘法大師像やら、伝源頼朝像やら文覚上人荒行像やら安置されていました。
また、ご本堂中央内陣には、ほんとに沢山の仏さま達。ご本尊の十一面観音像、2体の不動明王像、秘鍵大師像、旧ご本尊だったという薬師如来像(日光・月光両菩薩も)等々。
薬師三尊像は明治後期までは十二神将も従えてらしたそうですが、明治時代に日本政府に招かれたエドアルド・キヨッソーネ(日本の紙幣・切手印刷の基礎を築いた)の手に渡ったということです。
キヨッソーネは、日本の美術品や工芸品に関心を示し、その収集品は現在、イタリアのジェノバ市にあるキヨッソーネ東洋美術館に収蔵されています。その数、約15000点以上にのぼるのだとか。
補陀洛寺の十二神将は伝運慶だそうで。う~ん、キヨッソーネさん、見る目ありましたね。
残念としか...。

おまけです。境内で。
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アマドコロでしょうか。
# by b_neige | 2018-04-14 07:18 | 鎌倉歩き | Comments(0)

観音経、いただきました(2018.04.09)

今年の梅かまくら寺社特別参拝に明王院へおじゃましたこと、ご紹介済みですよね。
cf : 梅かまくら寺社特別参拝 明王院(2018.03.25)

あの時、護摩法要に参列し、観音経を参列者全員でお唱えしました。
その観音経に興味があって、この間、いただきに伺ったんです。明王院のが欲しくて。(^^ゞ

その折、二ッ橋の手前右側の小さな公園(名称、忘れました)に、珍しい桜「御衣黄」=緑の桜、があることを思い出し、さてどうかしらと観察。
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ちゃんと花をつけていて、あぁ、よかった、育っているわと安堵しましたが、花の状態は既に終盤。
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早い早い。だって、もう藤の花が咲き始めてますものね。

明王院の境内は撮影禁止なので、ここからの一枚。
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すっかり葉桜ですけど、のどかな感じですよね。

無事、観音経、いただけました。(もちろん無料じゃありません)
それはよかったんですけど、この時、なくし物してしまって…。風が強かったから、どうにも仕方ありませんでした。もう少し早く気がついてお寺に連絡すればよかったのかも。(>_<)
残念でした。(資料、無くした次第 泣)
# by b_neige | 2018-04-13 21:48 | 鎌倉歩き | Comments(0)

静岡県伊東市ー舟守弥三郎の屋敷跡・蓮慶寺(2018.04.03)

先日の伊東へのドライブの途中、立ち寄ったお寺、最後にもう一つ、アップしておきますね。
俎(まないた)岩に流された日蓮聖人をお救いした地元の漁師、舟守弥三郎の屋敷跡に建てられたというお寺、「蓮慶寺」です。
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県道109号線沿いにあるので、目立ちますし、すぐ判ると思います。

まずは、ご本堂の前の枝垂れ桜ですけど、ちょっと残念。
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ほとんど葉桜でした。
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今年は桜、ほんとに早かったですよね。

さて、弥三郎ですけど、罪人の身の日蓮聖人を俎(まないた)岩からお助けし、自らの命を顧みることなく、漁の道具等を納めておく洞窟内に30日余りおかくまいし、人目を忍びつつお世話をされました。

山号の舟守山。
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そして、ご本堂の裏山中腹にある弥三郎の墓所になります。
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中央が弥三郎ご夫妻のもの。
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日蓮聖人から、法華経の文に因んで、弥三郎は「清信」、妻は「妙清」の法号を賜ったそうです。
左右は、この蓮慶寺を建立した弥三郎の5代目の子孫・蓮慶上人ご夫妻のもの。
弥三郎死後から百数十年後の話です。

蓮慶寺の日蓮聖人像。
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この御尊像は千葉小湊清澄寺旭ヶ森に建立されている御尊像の御分身とのこと

なお、「御岩屋祖師堂」といって、日蓮聖人が籠もられた洞窟ですが、川奈港の奥にあるのだとか。この場所からさほど遠くないとは思いましたが、時間的に無理だったので、またいずれとパスさせていただきました。
以上、伊東へのドライブ記、完。
# by b_neige | 2018-04-12 19:29 | 旅行 | Comments(0)

ハイキングコース、歩いてみました(2018.04.08)

左足を怪我したのが2月16日(金)。最初は捻挫と思っていました。
でも傷めたのは足の左外側だったのに、関係ない?足指先まで紫色になってきて、中で何かが起こってるのかもと、週明けの月曜に病院で診てもらったところが第5中足骨骨折。(>_<)
びっくりでした。
でも、その5週間後に無事治療終了。(3度の通院でした)
3月いっぱいは、無理はしないでおこうと、山歩きは控えていましたが、4月に入り、8日(日)、どんなものかしらとハイキングコース、歩いてみました。
あのね、明月院口から勝上巘(けん)展望台まで。半僧坊を下りました。
お天気上々だったんです。富士山は霞んで、おぼろげにしか判りませんでしたけど。
三方を山に囲まれ、相模湾に面した鎌倉、とてもとても美しかったです。
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そして、私の足ですけど、OK、大丈夫。問題ありません。
ほんとに首尾良く治ってくれて。左足に感謝です。

それにしても、勝上巘展望台って、どうして、こんな風に云うのでしょうね?
「勝」という字には、すぐれた景色という意味があるそうです。
「上」は高いところ。
そして、「巘」には生け贄とか捧げ物とかの意味合いがあるんだそうです。
勝上巘展望台は半僧坊(建長寺の最奥)のすぐ上。奥の院の領域。それでかも??

前にご紹介した「月と蟹」という小説ですけど、建長寺半僧坊を抜け、勝上巘展望台を過ぎた辺りにある十王岩が話の大事な場所になっています。「巘」という漢字がどうのこうのとかは全く出てきませんけれど、そのことを知っていると、ストーリーが俄然深みを増して面白くなります。
cf : 思いがけず、負傷(2018.02.17)
読んでいない、皆さま、お時間があったら是非どうぞ。(^^)/
# by b_neige | 2018-04-11 17:18 | 鎌倉歩き | Comments(0)